「兵助、兵助、返事して、死んじゃだめ」

わたしは保健室で静かに横になっている兵助の手を、ぎゅっと握った。反応はない。布団をはさんで反対側にいた新野先生が、小さく首を振って、顔を伏せた。

彼は、久々知兵助は、真面目な人だった。言われたことは必ず守る、責任感の強い人だった。わたしはそんな兵助が大好きだった。しかし、その性格のせいで、こうして兵助は倒れてしまったのだ。馬鹿な兵助。わたしは溢れてくる涙を拭うこともせず、掛布団の上から兵助の胸にしがみついた。どうか、どうかもう一度、その長い睫毛を揺らして、目を開けて、そしてわたしを見て。大きな優しい手で、わたしの頭を撫でて。にっこりと笑って、低くて心地よい声で、

「ハニー」

ふわりと頭に乗せられた手は、大きくて優しい。わたしが涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、少し恥ずかしそうに笑う兵助がいた。「兵助!よかった、わたし兵助が死んじゃったらどうしようかと、」
「死ぬわけないでしょうが」

わたしの言葉を遮ったのは新野先生だった。わたしと兵助の視線が新野先生に向く。

「軽い食中毒だと言っているのに」



ほうら、まだこんなにもあたたかい




「大体、君が豆腐に手を付ける前に、おばちゃんはその豆腐は賞味期限がきれていると、教えたんでしょう?」
「新野先生!兵助は真面目だから、賞味期限がきれていても、お残しできなかったんです!」
「それは真面目と言うより、ただの…」

わたしがじとっとした目で新野先生を見ると、新野先生はやれやれと首を振って、顔を伏せた。これは新野先生の呆れた時にやる癖だ。どうして知っているのかと言うと、わたしはしょっちゅう新野先生に呆れられているからだ。何故なら過去にも何度か、これと同じことがあったのだ。

「ハニー、心配をかけてごめんな」
「ううん、兵助が無事なら構わないわ」

わたしがそう言って笑うと、兵助も笑って、わたしの目の端に残った涙を拭き取ってくれた。それからもぞもぞと布団から出てくると、わたしの手を握った。

「新野先生、ありがとうございました。失礼します」
「はいはい、食中毒には気を付けて下さいね」

苦笑する新野先生に礼をすると、兵助はわたしと繋いでいるのとは逆の手で、保健室の障子を開いた。

「すぐに良くなって、本当によかった」
「ああ、明日は二人で街に行く約束だったな」
「それもそうだけど、兵助がずっと目覚めなかったらって考えたら、本当に寂しくて怖かったの。兵助が死んだら、わたしも死んじゃうかもしれないわ」
「ハニーを残して死んだりしないさ」
「兵助…」

保健室を出る時、新野先生がまた首を振っているのが見えたのは、気のせいだろう。


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090912
12日は豆腐の日!

thanx.joy
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