タカ丸くんの救出は、わたし一人では無理で、たまたま通り掛かった雷蔵くんに手伝ってもらった。

「不和くんありがとね〜」
「ほんと、助かったよ雷蔵くん!わたし一人じゃ引き上げれなくて」
「いえ、いつもお世話になってるなまえさんの頼みですし」

ふにゃ、と笑った雷蔵くん。ああ、この雷蔵くんの笑顔、優しさが滲み出てる感じだ。

「じゃあ、このまま三人で、食堂まで行こうか」
「ご一緒していいんですか?」
「もちろん!」

わたし達は三人並んで、再び歩きだした。年下の雷蔵くんも、同じ年のタカ丸くんも、わたしより背が高いので、真ん中を歩くわたしは二人を見上げる形になる。わたしも、背が高い方だと思ってたんだけどな。やっぱり男の子には敵わない。食堂に到着すると、すでに下級生達がたくさんいて、おばちゃんが一人で切り盛りしていた。わたしは二人に別れを告げると、慌てて台所に入った。




ドタバタと夕食が終わって、ようやくわたしも食事をとる。今日は忙しくて、途中食べている余裕はなかったのだ。腹ぺこだったので、すぐに食堂の机に腰をおろして、一人箸を持って手を合わせる。

「いただきまあす」
「お残しは許しませんよ」

後ろから聞こえた声に、お皿に伸ばしかけていた手を止め、振り返る。にっこりと笑った雷蔵くんが、がらんとした食堂の机の一つに座っていた。

「あら、雷蔵くん。残ってたの、気づかなかった!」
「これでも忍者の卵ですから」
「そうね。でも、わたしも元は忍者の卵だったのに」
「なまえさんは、忍者に向いてないと思いますよ」
「やっぱり?わたしも自分でそう思ったわ」

くすくすと笑いあうわたし達。結局雷蔵くんは、わたしの食事が終わるまで、食堂に残って話相手をしてくれた。

「ありがとうね、付き合ってくれて」
「いえ。こちらこそ、話せて楽しかったです」
「わたし、食器片付けるね。雷蔵くんも、もうすぐお風呂の時間になっちゃうから、」
「そうですね。では、そろそろ失礼します」

そこまで言った後、ふと思い出したように、手を打った雷蔵くん。

「なまえさん、明日の昼休み、暇ですか?」
「昼?多分、暇だよ」
「よかったら図書室に来ませんか?僕、図書委員なんですけど、なまえさんに面白いものを見せてあげます」
「面白いもの?」
「来てからのお楽しみです」

いたずらっぽい笑顔を残して、雷蔵くんは食堂を出ていった。図書委員か。なんだか、雷蔵くんらしい。わたしは頭の中で明日の予定を立てつつ、食器を洗った。




翌日。事務のおばちゃんに頼まれた仕事を午前中に済ませてしまい、お昼の片付けも手早く終わらせて、わたしは図書室に向かった。忍術学園の生徒だった頃はあんまり利用していなかったけれど、道は覚えている。図書室に着いて、静かに戸を開けると、数人の上級生が勉強していた。中に入ってきょろきょろと探すと、雷蔵くんは本棚の間で本の整理をしていた。

「雷蔵くん」

声をかけると、雷蔵くんはびっくりした顔でわたしの方を振り返った。

「なまえさん!」
「整理?お疲れさま」
「ああ、はい。図書委員なので」
「大変なんだね、作法はそんなに仕事がなかったからなぁ」
「今も作法委員はそんな感じですよ。あの立花先輩が委員長ですから」

ふふ、と笑って、持っていた最後の一冊を本棚に戻した雷蔵くん。面白いものを見せてくれるのかしら、と思ったら、また本の山を抱えて、整頓し始めた。わたしは黙って、その横で作業を見ていたけど、やがて苦笑いで雷蔵くんが言った。

「僕の作業を見ていても、面白くないですよ」
「ん?」
「図書室に用事があったんじゃないんですか?」
「え、だって雷蔵くんが、面白いものを見せてくれるって…」
「なまえさん」

ちょん、と肩をつつかれ、後ろから声。振り返ると、なんとそこにも雷蔵くんがいた。

「えっ…ええええ?!」
「あはははは!なまえさん、その顔、面白いですよ!」
「な、なんでなんで、なんで雷蔵くんが二人?!双子だったの?」
「実は分身の術が使えるんですよ」
「もう、三郎!」

持っていた古そうな巻物で、最初からいた雷蔵くんが、後からきた雷蔵くんを叩いた。

「さ、三郎?」
「あーあ、バラしちゃった」
「すみませんなまえさん、彼は五年ろ組の鉢屋三郎と言って、変装の達人なんです」
「変装…」
「全く、また勝手に僕の顔を使って悪戯して…」
「でも、面白かっただろ?なまえさん」
「もう…すごいの一言です…」

二人並ぶと、そのそっくりさはますます顕著になる、双子というより、鏡を見ているみたいだ。

「…あれ、じゃあ昨日食堂で話したのって」
「私です」
「ぜ、全然わからなかった…!」

ただただ、ため息が出るばかりだった。五年生でこのレベルって、実は忍術学園は、わたしが思っているよりすごいかも。

「これはどうです」

ひょい、と三郎くんが自分の顔を触ると、今度はわたしの顔になった。思わず、わあ、と声を漏らした。三郎くんは満足げに笑うと、顔を雷蔵くんのものに戻し、ヒラヒラ手を振った。

「それじゃあ、私もこれから学級委員長委員会がありますので、失礼します」

ぱたん、と静かに戸が閉まる。はっとして、図書室にいた生徒達を見ると、少しうるさそうにこっちを見ていた。わたしは慌てて彼らに頭を下げて、図書室を出た。はあ、申し訳ないな。図書室だって忘れて、騒いでしまった。一人図書室の外で落ち込んでいたら、雷蔵くんが出てきた。

「雷蔵くんごめんね、騒いじゃって」
「大丈夫ですよ。図書委員長の中在家先輩も、よく縄標を振り回してますし」
「そ、そうなの?」
「それよりも、僕は三郎と間違えられた方がショックです」
「ごっごめん!本当にごめんね…ほらわたし忍者向きじゃないから、三郎くんの変装、見破れなくて…」
「冗談ですよ。でも次は、見分けてほしいな、なんて…」

ちょっと照れた表情の雷蔵くんに、きゅんとした。

「わかった、次は絶対見分ける!もう大丈夫、三郎くんの存在も知ってるし」
「楽しみです」

雷蔵くんはいつものふんわり笑顔を残して、図書室に戻って行った。ああ、わかった。あの笑顔は、雷蔵くんにしかできない笑顔だ。




その日の夕食。雷蔵くんと三郎くんが一緒に食堂にやってきた。どっちがどっちでしょう、と聞かれて、ちらっと二人を見ると、すぐに答えた。

「右が雷蔵くん、左が三郎くん、でしょう」
「わ、当たりです!」
「ちぇ、もうわかるようになっちゃったか」
「三郎くんの笑顔はね、ちょっと邪なものを感じるけど、雷蔵くんは真っさらなのが、ポイント」
「邪って酷いですよ」

唇を尖らせた三郎くんに、生姜焼きのAセットを渡す。雷蔵くんも同じセットに決定。

「そういえば、三郎くんも毎日食堂に来てたはずよね?今まで一度も見なかったけど」
「いつかなまえさんにドッキリをしたかったから、食事の時は、街で見かけた若い男の顔を借りてたんですよ。いやー、大成功だったな!」
「そんなに前から考えてたの…」
「こんなに早く見分けられるようになるとは思わなかったけどなぁ」
「三郎は邪だからね」
「雷蔵までそういうこと言う?」

二人のやり取りを見てわたしも笑っていたら、食堂に入ってきた仙蔵くんが、ギロッと二人を睨んだ。

「食事を受け取ったなら早く席に行け。後ろが詰まってるんだ」
「はーい」

少し奥の席に座って、仙蔵くんにばれないように仙蔵くんの顔で変な顔をして見せた三郎くんに、また笑ってしまった。
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