事務の仕事は、今日はもういいよと言われたけれど、食堂のお手伝いを頼まれたので、用具委員の双六には参加できなかった。夕飯の時に、喜三太くんに謝ろうかな。そんなことを考えながら下ごしらえをしていると、食堂に駆け込んでくる人影が。

「すっ…すみません!」
「ん?」

駆け込んで来た子は黄緑の装束、三年生だ。

「じゅんこ…毒蛇を見ませんでしたか?」
「どっ毒蛇?!」
「それに毒蛙と毒蜘蛛も」

ぞわぞわっと鳥肌が立った。元忍術学園の生徒としては情けないけれど、苦手なものは苦手だ。

「ごめんね、わたしは見てない…おばちゃん、見ましたか?」
「見てないねぇ」
「そうですか…」

しゅん、とする三年生の男の子。

「なまえちゃん、手伝ってきてあげたら?食堂はもう大丈夫だから」
「えっ!いや、まだ終わってないので!」
「いいのいいの、おばちゃんがやっとくから!」
「手伝ってもらえるんですか?!」

準備やりかけの鍋をおばちゃんに取られて、三年生の男の子にキラキラした目で見られて、もうどうにも逃げられそうにない。わたしは苦笑いで、頷いた。

「ありがとうございます!」
「夕飯頃に戻ってきてちょうだいね」
「はーい…」

カウンターを出て、嬉しそうな三年生の男の子に並ぶ。

「あ、君、名前は?」
「三年い組の伊賀崎孫兵です!本当にありがとうございますなまえさん!」

あーもう、孫兵くんキラキラしてる。仕方ない、これも仕事の一つと思って頑張ろう。




「じゃあ、なまえさんは南側をお願いしますね!見つけたら、飼育小屋にいる生物委員の竹谷先輩に渡して下さい!」
「竹谷くんね、わかった」

孫兵くんと二手に別れて捜索することになった。小屋まで連れていくのに、掴まなきゃ駄目ってことよね。それ、ちょっと無理かも。仙蔵くんとか小平太くんとかいないかな。そんなふうに弱気になりつつも、茂みの中や縁の下を探す。いないなぁ。

「何やってるの?」
「ひゃっ」

突然後ろから声をかけられ、肩がビクンと揺れた。茂みに突っ込んでいた頭を引っこ抜き、振り返る。

「た、タカ丸くん!」
「久しぶりだねー、なまえちゃん」

にこり、と笑うタカ丸くん。紫の装束、確かに四年生だ。タカ丸くんがいきなり、わたしの頭に手を伸ばした。驚いているわたしに、タカ丸くんは手の中の葉っぱをくるりと回して見せた。

「葉っぱ、ついてたよ」
「あ…ありがとう」
「何をしてたの?」
「あの、孫兵くんの毒虫を探すのを手伝ってて」

なんだかドキドキしている。きっと、ちょっと前に食満くんとあんな話をしたせいだ。じっとわたしを見ているタカ丸くんから視線をそらしながら、説明した。

「へえ〜大変そうだね、手伝おうか?」
「ほんと?タカ丸くん、虫とか蛇とか平気?」
「うーん…あんまり得意じゃないけど、探す手伝いくらいはできるよ!」
「あはは、わたしも。じゃあ、手伝ってもらおうかな」

ちょっと頼りないけれど、一緒に探せるのは嬉しいかな。わたし達は一緒に捜索を再開した。




タカ丸くんが毒蛇を見つけたのは、それからちょっと経った後のこと。

「あ、じゅんこ!」

大きな柿の木を見上げていたタカ丸くんが、上の方を指さして言った。駆け寄ってわたしも見上げる。枝に赤い蛇が巻き付いて、こっちを威嚇していた。

「なんか、怒ってない?」
「すごい唸ってるけど…」
おいでーとタカ丸くんが手を伸ばすけれど、じゅんこがシャーッと牙をむいたので、慌てて引っ込めた。

「どうしよう…孫兵くん呼んでこようか」
「あ、小屋に竹谷くんって人がいるって!」
「ああ!生物委員の竹谷くんだね!」

どうやらタカ丸くんも知ってるらしい。

「竹谷くんならなんとかしてくれるよ!」
「ほんと?じゃあわたし竹谷くん呼んで来るから、タカ丸くんはじゅんこ見てて!」
「えっ!あ、早く戻ってきてね!」

ごめんねタカ丸くん、じゅんこと二人(?)はちょっと怖い。わたしは小屋に向かって駆け出した。飼育小屋はここからそう遠くない、毒虫をたくさん飼っている小屋だ。普段はあんまり近寄りたくない場所だけど、今日はそんなこと言っていられない。小屋が見えてきて、その前にいる人がこっちを向いた。群青の装束、五年生。

「た、竹谷くん?」

息の切れたわたしを見て、竹谷くんは駆け寄ってきてくれた。

「そうですけど、どうしたんですか?」
「じゅんこが…見つけたけど、捕まえられなくて…」

竹谷くんはあちゃーという顔をして、頭をかいた。

「すんません、手伝わせちゃって!今行きます」
「大丈夫、ありがとう」

わたしは竹谷くんに手を貸してもらって、再びタカ丸くんの待つ木まで走った。タカ丸くんは木からちょっと距離をとっていて、じゅんこは少し降りてきていた。

「タカ丸さん!」
「あ、竹谷くん!」

タカ丸くんは竹谷くんを見ると、泣きそうな顔でこっちに来た。竹谷くんは何処から取り出したのか、網を持つと、鮮やかな手付きでじゅんこを捕獲した。じゅんこも観念したように、大人しくなった。

「じゅんこ、孫兵が遊んでくれないからいじけてたみたいだ」

はた迷惑ないじけ方だけど、まあじゅんこも女の子なのだと思えば、可愛いものかな?わたしはタカ丸くんと顔を見合わせて、ため息をついた。もう恥ずかしいとか、そんなのなくて。なんだかお互い疲れた顔をしていて、笑えた。

「じゃあ、手伝ってもらってほんとありがとうございました!あときみ太郎だけだから、もうすぐ孫兵が見付けてくると思うんで」
「そっか、よかったよかった」

竹谷くんはぺこりとお辞儀すると、じゅんこを連れて小屋の方に戻って行った。時間はそろそろ夕飯時で、風にのっておいしそうな匂いもしてくる。

「戻ろうか?」
「あ、うん」

タカ丸くんの言葉に頷いて、歩き出した。

「それにしても」
「疲れたねー」
「じゃなくて。なまえちゃんの髪、相変わらず綺麗だね!」
「え、ええ?!」
「土井先生知ってる?あの人、酷い髪なんだよ!何回言っても直してくれないし」

ムキーと怒るタカ丸くんに、再びドキドキしてしまったのは気付かれていないだろう。サラッとこんなこと言えてしまう辺りは、お父さん譲りなのかな。

「…聞いてる?なまえちゃん」
「う、うん!土井先生の髪ね、そんなに酷いかな?」
「酷いよ!頭巾を取ったらわかるんだけどね…」

タカ丸くんはひたすら髪について語っているけど、専門的でいまいちついていけない。こんなに髪に情熱を持っているのに、なんで忍術学園に。

「タカ丸くんは、髪結いにはならないの?」
「え?ああ、ええとね…ってうわあ!」

突然姿が消えたタカ丸くん。なんと落とし穴に落ちたようだ。わたしは慌てて、穴を覗き込んだ。

「大丈夫?」
「だ…大丈夫ー」

ふにゃり、と眉を下げて笑ったタカ丸くんを見て、彼もあんまり忍者には向いていないんじゃないか、と思った。
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