「と言うわけで、すでに何人かは知っておるかもしれんが、新しく入った事務員のなまえじゃ」
「よろしくお願いします」

朝の食堂。みんなが席に着いて食べ始めた頃、学園長がやって来て、わたしを紹介した。ほとんどの生徒は昨日見ているので、驚きはしなかったけど、一人だけ大声をあげて立ち上がった人がいた。

「なまえ!」
「は、はい」
「私覚えてるぞ!」

立ち上がったのは緑の装束で、背が高くがっちりした人。ああ、こんな感じの人見覚えあるぞ、誰だっけ、思い出せない!今朝のデジャブ!わたしが唸っている横で、学園長はのんびりと言う。

「そうそう、なまえは三年前まで学園の生徒だったのでな。上級生の中には知り合いもおるじゃろう」

今度はへぇー、と言う声が返ってきた。学園長は満足気に頷くと、食堂を出ていく。自然と、ぽつんとカウンターの前に残されたわたしと、立ち上がっている六年生の人に、視線が向いた。なんだか恥ずかしかったので、調理場の方に逃げようとすると、立ち上がっていた人がもう一度わたしを呼んだ。注目なんて気にしていないみたいだ。「私を覚えてないか?一年の時に一度、一緒に実習をしたことがあるんだが」

一年の時に、一緒に実習?わたしは昔の記憶を引っ張り出す。そういえば、忍たまとくのたまで合同実習というのがあった気がする。わたしのペアは…

「…あー!七松くん!」
「そう!」

七松くんは嬉しそうに笑った。わたしも、名前が当たっていた安心で、笑った。

「なまえが学園を辞めたって聞いて…」
「小平太」

まだ何か語ろうとしていた七松くんを、隣に座っていた仙蔵くんが止めた。

「食事中だぞ、座って食べろ」
「はーい」

仙蔵くんの鋭い目付きを見て、七松くんはムスッとしながらも、大人しく従った。わたしも少しホッとして、おばちゃんの元に戻った。




「なまえ!」

生徒達が全員引き上げ、わたしが洗い物をしていたら、出ていったはずの七松くんが戻ってきていた。

「あ、七松くん」
「小平太でいいよ。ところでなまえ、今日の午後は暇か?」
「え?うーん、おばちゃんと吉野先生に聞かないとわからないけど」
「そうか、もし暇なら一緒に茶店に行かないか?美味しい店を知ってるんだ!」
「本当に!行きたいな」
「じゃあもし大丈夫だったら、教えてくれ!今日は実習明けだから、授業が午前だけなんだ。多分グラウンドとかにいる!」
「わかった」

小平太くんは、手を振って食堂を出ていった。わたしは洗い物に戻りながら、それを見送る。確か、実習を一緒にやってから、小平太くんとはほとんど喋ったことはなかった。顔見知りになってからは挨拶くらいはしていたけど、本当にその程度だ。突然、あんなにフレンドリーな態度で、正直びっくりだ。

「なまえちゃん、洗い物済んだ?」
「あ、はい、もうすぐです!ところでおばちゃん、」
「午後なら大丈夫よ、行ってらっしゃい」
「き、聞いてたんですか!」

ちょっと赤くなったわたしを、おばちゃんがからかった。おばちゃんは何か、勘違いしてる。とにかく、早く洗い物を済ませてしまうと、わたしは食堂を出た。次は吉野先生のところだ。


事務室を覗くと、秀作くんが事務のおばちゃんに叱られていて、吉野先生はせっせと書類を書いていた。秀作くんのやらかしたミスを、直しているのだろうか。

「失礼します」
「なまえちゃん!」

秀作くんが助けを求めるようにこっちを向いたけど、まだ話は終わってないわよ!という事務のおばちゃんの怒鳴り声に、ひいっと肩を竦めた。苦笑いしてから、吉野先生の元に向かう。

「何かお手伝いすることはありますか?」

吉野先生はきりのいいところまで書き終えると、わたしの方を向いた。

「小松田くんがあんな状態ですので、門に立っていてもらえますか?今日は昼前に、学園長のご友人がいらっしゃる予定なんです」
「わかりました。あと…午後は何かありますか?」
「そうですね…今のところは特に、小松田くんが酷いミスをしなければ…」

吉野先生の視線を感じたのか、秀作くんはまたビクッとした。わたしはまた苦笑いして、事務室を出た。昼前にお客さんが来るのなら、その人に入門表にサインしてもらってから、小平太くんを探そう。




学園長のお客さんは、砲弾研究家で有名な多田堂禅さんだった。入門表にサインをもらって、学園長の部屋まで案内する。学園長が将棋の準備を始めたので、わたしはお茶だけ淹れて、学園長の部屋を出た。普段の性格はあんなだけど、やっぱり学園長の側は緊張するのだ。わたしは入門表を説教の終わった秀作くんに預けると、グラウンドに向かった。広いグラウンドの向こうの方で、一年は組のみんなと山田先生が授業をしている。きょろきょろしても、小平太くんはいない。やっぱり、実習明けだし、疲れて部屋で睡眠をとったりしているのかも。本来、そうして体を休める為にある休みだし。そう思ってグラウンドを出ようとしたとき、どこかから小平太くんの声がした。

「なまえ!こっちだ、こっち!」
「ど、どこ?!」
「こっちだって」
「ぎゃー!」

突然足を掴まれて、叫んでしまった。なんて女の子らしくない叫び声!足元を見れば、小平太くんが穴から顔を出していた。

「な、何してるの?!」
「塹壕を掘っていたのだ!一人用の塹壕、いわゆる…」
「タコ壺!」

わたしが言葉を引き継いだ。喜八郎くんがしょっちゅう、タコ壺を掘っていたのを思い出したのだ。

「知ってたのか」
「うん、でもどうしてグラウンドに?」
「鍛錬だ!いざというとき、掘るのに時間はかけていられないだろ!」

小平太くんはにっと笑った。そういうものかしら?

「ところで、どうだった?」
「あ、うん、大丈夫だったよ」
「良かった!なら今から行こう!」

ぴょん、とタコ壺から飛び出てきた小平太くんは、着替えたら門で!と叫びながら、忍たま長屋に走って行った。慌ただしい人だ。わたしも自分の部屋に向かうと、私服に着替えた。門に向かう前に、事務室に寄って外出届をもらう。

「なまえくん、着替えてどこかへ出かけるのですか?」
「あ、はい…学園にいた頃の友達に誘われて」
「ははあ、そういうことでしたか」

吉野先生は外出届を渡してくれながら、にんまり笑った。な、何がそういうこと、なのか。吉野先生のにんまりはなかなか怖い。

「そ、それじゃあ失礼します」
「楽しんでおいで」

事務室を出る前、事務のおばちゃんにそう言われ、ウインクまでされてしまった。友達、って言ったのに、何を考えているんだか!少し不貞腐れながら門に向かうと、小平太くんはもう待っていた。

「あ、なまえ!行こう!」

小平太くんはブンブンと手を振った。なんだか、小平太くんって大型犬みたいだ。わたしが小平太くんに駆け寄ると、どこからかひょっこりと秀作くんが現れた。

「外出届を見せて下さい〜」
「はい!」
「あ、忘れてた!」

わたしが外出届を取り出して見せる横で、小平太くんが叫んだ。それから、すぐにもらってくる!と事務室の方へ走っていく。何も言う暇がなかったわたし達は、呆然とそれを見送った。と、秀作くんが急にこっちを向いて、ぷくっと頬を膨らました。

「どうしてさっき助けてくれなかったのさ〜」
「だって事務のおばちゃんの迫力が怖くて…」
「僕のが怖かったよ〜」
「ごめんごめん、でも秀作くんがなんかしたから怒られてたんでしょう?」
「…一年生の成績表に、墨を溢して…」

そりゃあ怒られるだろう。自業自得、と笑えば、秀作くんはもっと膨れた。

「なまえちゃん、僕のが年上ってわかってる?」
「わかってるよ!でも小さい頃から一緒だし、今さら年上として見るのもおかしな話だし…」
「まあ、そうだけどさぁ」

なんかお母さんみたいなこと言うから、と言う秀作くんに、思わず吹き出した。そんな風に思われてたのか!少し恥ずかしいなぁ。怒った秀作くんの機嫌を治そうとしていたら、小平太くんが遠くから走ってくるのが見えた。

「なまえ!お待たせ!小松田さん、外出届です!」
「はーい、行ってらっしゃい」

小平太くんの外出届を確認すると、秀作くんはわたし達に手を振った。軽く振り返してから、わたし達は門を出た。




小平太くんが連れてきてくれた茶店は、確かにとっても美味しかった。場所も、少し奥まった場所にあり、いい雰囲気のお店だ。ただ、ひとつ、とても気になることが。

「せ、仙蔵くん…?」
「偶然だななまえ、小平太」

わたし達の隣に座って、にっこりと笑っているのは、仙蔵くんと、隈の酷い人。この人は知ってる、確か一年から仙蔵くんと同室で、会計委員だった人だ。名前はなんだっけ?

「仙蔵と文次郎も、なまえと知り合いか?」
「私は委員会が一緒だったからな。コイツは接点がない」

そうそう、文次郎くんだ!仙蔵くんにコイツ呼ばわりされ、眉間に皺が寄ったのがわかる。

「知ってるよ、潮江文次郎くん、でしょう」

わたしが言うと、仙蔵くんも文次郎くんも驚いた顔をした。

「なまえ、文次郎と話したことあったか?」
「ないけど、委員会の時に仙蔵くんがよく話してたから。潮江は面白いって」
「仙蔵、貴様何を話したんだ!」
「こんなところで熱くなるな馬鹿。そんなの覚えていない」

仙蔵くんがサラリと流すと、文次郎くんはますます赤くなった。少し危険な香りがしたので、わたしは小平太くんの向こう側に避難した。小平太くんは特に仙蔵くん達を気にすることもなく、お団子を食べていた。

「なぁなまえ、実習の時のこと覚えてるか?」
「確か…一年生の忍たまとくのたまで組んで、宗成寺まで行くのよね」
「そうそう!それで私達、かなり早かったんだ。でも私が調子に乗って怪我してさ、なまえがすぐに手当てしてくれたんだ」
「そんなことも…あったような、なかったような」
「あったよ!その時から私、なまえが気になって気になって。それが好きだということだと気付いたのは、二年になってからだ」
「うんうん……うん?!」

今、小平太くんはサラッと重大発言しなかったか?小平太くんの向こうでは、仙蔵くんと文次郎くんがお茶を吹き出していた。小平太くんは楽しそうに、宙を見て昔を思い出すようにしながら、続ける。

「しかしそう気付いたら、恥ずかしいことに、なかなか話しかけられなくなってしまった。四年生になって、なまえが学園を辞めたと聞き、随分後悔したんだ」「ええ、と…」
「だからなまえが戻って来てくれたことが、とても嬉しかったんだ!」

ニカッ、と得意の笑顔を見せる小平太くん。

「あの…あ、りがとう」
「あっなまえ、あんまり気にしないで!せっかくまた会えたのに、また話せないなんて絶対嫌だからな!」

小平太くんは焦ったように、わたしの手を掴んだ。勢いに圧されて頷く。と、小平太くんの体が後ろに傾いた。後ろから仙蔵くんが引っ張ったのだ。

「小平太、お前はもう少し周りを気にする必要があるようだ。なまえ、お前も」
「は?」
「え?」

仙蔵くんの言葉に、店の方を振り返ると、興味津々という目でちらちらこっちを見ているお客さん達。わたしは顔が一気に赤くなった。一方の小平太くんは、相変わらずだ。

「あはは、気にするな!もう団子も食べ終わったことだし、出るか」

小平太くんはお皿の横にお金を置くと、わたしの腕を掴んだ。それから仙蔵くんを振り返って、一言。

「私達はこれから町に買い物に行くけど、今度はつけてくるなよ!」
「え?!」

びっくりしたのはわたしだ。偶然じゃなくて、二人はつけてきてたの?やっぱり、六年生の尾行(?)ともなると、中途半端で辞めたわたしのような人間には全くわからない。

「気付いていたか」
「仙蔵はわからなかったが、文次郎はね」
「何?!」
「文次郎、貴様…」

取っ組み合い始めた二人を見て笑ってから、小平太くんはわたしの手を引いて茶屋を駆け出した。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -