夕食は、お刺身のものと焼魚のものの、二種類だ。味噌汁をかき混ぜているおばちゃんの替わりにカウンターに立っていると、一番に駆け込んで来たのは井桁模様の装束、一年生だ。

「おばちゃーん、今日の献立…あれ?」

真ん丸の男の子が、わたしの姿を見て首をかしげた。その後から入ってきた眼鏡の子とつり目の子も、わたしを見て、あれ?という顔をした。

「初めまして、おねーさん誰?」
「初めまして、わたしは今日から忍術学園で働くことになった事務員のなまえだよ。秀作くんの手伝いと、食堂の手伝いをするの」
「そうなんですかー」

説明をしているうちに、じょろじょろと一年生が集まってくる。さすが一年は人数が多いわ。

「なまえさんよろしくお願いしまーす」
「うん、よろしくね!」
「なまえさん、今日の献立はなんですか?」
「今日はお刺身か、焼魚だよ」
「ぼく焼魚!」
「おれ刺身ーっ」

言われたセットを渡すと、みんなはすぐに席に着いた。いただきまーす、と可愛い声が響き、みんな一斉に食べ始める。数を数えると、全部で11人。

「一年は組はいつも元気ねぇ」
「おばちゃん、クラスわかるんですか?」
「ええ、もちろんよ。食堂のおばちゃんはみんなの好みもわかってないと」

さすがおばちゃんだ!わたしは次の集団が来る前に、カウンターを出た。

「ねぇ、みんなの名前教えてくれる?」

わたしが声をかけると、一年は組のみんなは、我先にと名前を言った。ごちゃごちゃと頭がこんがらがったけど、大体覚えたぞ!

「よーし、覚えたから、今度学園で会ったら声かけてね!」

一番近くにいた眼鏡の子、乱太郎くんの頭を撫でれば、はぁい!と元気な返事が返ってきた。と、次の集団が入って来たので、わたしはカウンターに戻る。次に来たのも、井桁模様の男の子達だ。ただ、は組のみんなとは違って、元気がない子達がたくさんいる。

「一年ろ組と、い組の子ね」
「何かあったんでしょうか…随分落ち込んでますね」
「それはろ組の子よ。担任の斜堂先生が暗い方だから、みんな影響されてああなの。いつもだから気にしなくていいのよ」

おばちゃんは慣れていて全然気にしていない。そういうもんなのかな。それにも慣れなきゃやってけないか。





「なまえ先輩…?」
「ん?」

次の子のご飯を盛り付けていたとき、どこか聞き覚えのある声で呼ばれて、顔を上げた。

「やっぱり。なまえ先輩ですよね」
「もしかして、綾部くん?」
「はい、お久しぶりです」

あまり表情を変えない彼は、委員会で後輩だった綾部くんのようだった。昔は彼も、井桁模様の制服を着ていて、小さくて可愛かったけど、今や身長を越されている。変な感じだ。

「大きくなったねえ、綾部くん」
「なまえ先輩おばさん臭いですね」
「失礼な!」
「冗談です」

真顔で言われたら、あんまり冗談に聞こえない。

「先輩が忍術学園辞めるなんて知りませんでした。どうして教えてくれなかったんです」
「え、言うほどのことじゃないかなって思って…」
「言うほどのことです」

ちょっとだけ、ムスッとした表情を見せた綾部くん。可愛いじゃないか!頭を撫で回したくなったけど、綾部くんの後ろに食べ終わった生徒が並んでいたので、我慢する。

「綾部くん、後ろ並んでるから、また後でね」
「先輩、喜八郎でいいです」
「わかったから、どいてね、綾部くん!」
「喜八郎です」
「喜八郎くん!」

わたしが必死に言うと、綾部くん、じゃなくて喜八郎くんは、今度作法委員会に来てくださいね、と言って食堂を出ていった。それを見送ってから、後ろに並んでいた人からお盆を受け取ろうとすると、並んでいたのは作兵衛くんだった。

「あら作兵衛くん」
「ごちそうさまでした。なまえさん、綾部先輩と知り合いなんですか?」
「うん、わたしが作法委員だった時の後輩なの」
「なまえさん、作法委員だったんですか」
「そうなの」

また後ろが詰まっていたので、適当に話を切って、作兵衛くんにも退いてもらう。作兵衛くんは、ふと左門くんと三之助くんがいないことに気が付いて、慌てて探しに行った。




「なまえちゃん、洗い物ご苦労様。今日はもう上がっていいわよ」
「え、明日の朝の仕込みは、」
「なまえが食器洗ってくれてる間に済んだわ。本当に、仕事が早く終わって助かるわ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」

おばちゃんはわたしの憧れの人だ。もちろん、最高のそばを作る両親は一番の憧れだけど、その両親もおばちゃんには一目置いている。おばちゃんのいる忍術学園で一緒に仕事ができることを、羨ましがっていたくらいだ。おばちゃんに別れを告げて、お風呂に入ってから、わたしは部屋に戻った。持ってきた荷物が風呂敷に入れたまま、部屋に置きっぱなしだったので、整理でもしようか、と思ったとき、襖を叩く音がした。

「はい?」

返事すると、すぐに襖が開いて、入って来たのは秀作くんだ。まだお風呂に入っていないようで、かなり疲れた顔をしている。
「なまえちゃ〜ん、今ひま?」
「う、うん、暇だよ」
「もし良かったら、これの整理手伝ってくれないかな…」

秀作くんは、ぐちゃぐちゃになったたくさんの書類を抱えていた。わたしが頷くと、泣きそうな顔で部屋に入ってくる。

「化粧道具用の倉庫にネズミが入って、貸し出し表がぐちゃぐちゃにされちゃったんだ…明日までに整理しておくように、吉野先生に言われたんだけど、余計にぐちゃぐちゃにしちゃって…」
「あらら…大丈夫、一緒に整理しよう」
「うん、ありがと…」

ばさばさっと秀作くんが床に置いた貸し出し表は、確かに日付がどれもぐちゃぐちゃ。これはなかなか手強いかもしれない。

「よーし、やるぞ!」

寝巻きの袖をぐいっと捲ると、わたしと秀作くんは、作業を始めた。




作業は夜中までかかってしまった。それでも外からは、物音が聞こえている。自主トレとか予習とかをする生徒がいるのだ。秀作くんは、作業が終わるちょっと前から、こっくりこっくりしていて、今はぐっすりだ。わたしは整理し終わった書類を机に運ぶと、布団を敷いた。一応秀作に声をかけてみるけど、起きる気配はない。なんとか秀作くんを布団の上まで転がすと、自分の分の布団もその隣に敷いて、わたしは電気を消した。昔は一緒の布団でお昼寝をしたりしたけど、さすがに今一緒の布団というのは、無理がある。同じ部屋で寝るのくらい全然平気だけど、書類整理の途中で先に寝たことは謝ってもらわないと!そんなことを考えながら布団に入ると、わたしはすぐに眠ってしまった。




「なまえちゃん!」

翌朝。わたしは、秀作くんに揺さぶられて起きた。

「ごごごめんね、昨日はなまえちゃんの部屋で寝ちゃったみたいで…」
「おはよう秀作くん、別に大丈夫だよ」
「あ、おはよう…あとお布団ありがとう」

にっこり笑った秀作くんは可愛い。こんな笑顔見せられたら、許してしまうに決まっている。

「それとね、今日の朝食の時になまえちゃんのことみんなに紹介するって学園長が言ってたよ。いちいち自己紹介するの面倒でしょ?って」「うん、面倒。助かるわ」
「今日なら六年生が帰ってくるしね。じゃあ僕、吉野先生に書類渡してくるね〜」
「転ばないでね!またぐちゃぐちゃになったらもう手伝わないよ!」
「大丈夫だって!」

いまいち頼りない秀作くんを送り出して、わたしは着替えをした。簡単に身だしなみを整えてから、顔を洗いに、生徒達も共同で使う水道に向かう。と、水道には先客がいた。緑の装束で、所々破れたりしている。実習を終えてきた六年生だ。近付くと、ぷうんと火薬の匂いがした。合戦場に行ってきたのだろうか。わたしがちょっと離れて見ていると、その六年生が洗っていた顔を上げた。さすが六年生、距離はあっても気配は気付かれていたらしい。ばちん、と目が合った。

「…なまえ?」

その人がわたしの名前を呼んだ。知ってる人?ええと、誰だったかしら、どうしよう思い出せない。そんなわたしにお構い無しに、その人は手拭いを手に近寄ってきた。

「久しぶりじゃないか。辞めたのではなかったのか?どうして忍術学園に?」
「あ、あの…」
「ん?…なまえだよな?」
「は、はぁ」
「…もしかして私を忘れたのか?」

少し眉を潜めたその人。だって、こんな美人な知り合いはいなかったはずだ。装束がなかったら、女の人と勘違いしそう。

「立花仙蔵だ。委員会まで同じだったと言うのに」
「ええー!嘘、仙蔵くん?」
「なんだ、その反応は…」
仙蔵くんは苦笑いした。

「だって、昔は仙蔵くん、こんなに髪長くなかったし、こんなに美人じゃなかったじゃない!」
「人は変わるものだ。なまえだって大人っぽくなったじゃないか」
「え、本当?」
「半分社交辞令だがな」
「酷い!」

馬鹿にしたような表情まで綺麗だ。女の人じゃないのが勿体無いくらい。

「ところで、私の質問に答えてくれないか?」
「え?」
「どうして忍術学園にいるんだ?」

言われて、さっき仙蔵くんがその話をしていたことをぼんやり思い出す。わたしは、胸の前で手拭いを持っていた両手を広げ、"事務"の文字を見せた。

「わたし昨日から、ここで事務員をすることになったの」
「事務員?小松田さんがいるじゃないか」
「わたしは食堂のお手伝いと、秀作くんの補佐なのよ」
「なるほど、確かお前は小松田さんと幼なじみ、だったか」
「そうなの」

懐かしい仙蔵くんと会ったせいで、顔を洗うのを忘れていたわたし。せっかく混まないよう早く来たのに、気付くと水道はすっかり混んでいた。あーあ、並ばなきゃ。


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