忍術学園で一緒に事務買をやりませんか、という手紙がわたしに届いたのは、一週間前のこと。送ってきたのは、家が近所で幼なじみの、小松田秀作くん。わたしより一つ年上だ。昔から抜けてるところがあったけど、事務員を事務買と書くとは。どうして余分にちょんちょん、をつけてしまったんだろう。とにかく手紙を受け取って一週間後の今日、わたしは忍術学園の門の前にいた。門を叩くと、はぁいと間の抜けた声がして、箒を持った秀作くんが出てきた。

「ああ!なまえちゃん!待ってたんだよ!」
「久しぶり、秀作くん!」
「うん、久しぶりだね〜。あ、入る前に、入門表にサインしてね」

サインすると、秀作くんは学園長の部屋に行こうか、とわたしの前に立って歩き出した。昔の話なんかをしながら歩いていると、すぐに学園長の部屋に到着する。

「学園長に話はしてあるから」
「うん、ありがとう」

元気に手を振る秀作くんに手を振り返してから、わたしは学園長の部屋に入った。

「おお、なまえじゃな」
「お久しぶりです、学園長」

学園長に礼をする。実はわたしは昔、忍術学園に通っていたのだ。わたしの家は町でも有名なそば屋さんで、忍術学園にいる食堂のおばちゃんに料理を学ぶのと、礼儀作法などを身につける為に、忍術学園に入学した。でも、学園にいたのは三年生まで。四年生からは本格的に忍者らしい実習が一気に増えるので、三年生で学園を辞め、家のそば屋を手伝っていたのだ。そこに、秀作くんから手紙が来た。そば屋を継ぐ前に他の仕事を手伝っておくのもいいだろう、という父の言葉で、わたしは事務員のお手伝いをすることに決めた。生徒のときは給食当番の時しかできなかった食堂のおばちゃんの手伝いも、事務員なら普段からできるかもしれないし。

「なまえには事務、それから食堂の手伝いもしてもらいたいと思っておるのじゃ」
「ぜひやらせて下さい!」
「頼もしいのう!ミスの多い小松田くんの手伝いも頼むぞ」
「はい!」

その後短い説明などが終わると、学園長はわたし用の装束をくれた。秀作くんと同じ、左胸のところに"事務"と貼ってあるものだ。お礼を言って受け取ると、わたしは学園長の部屋を出た。すぐに、秀作くんが駆け寄って来る。

「なまえちゃんの部屋に案内するね」

にっこり笑った秀作くんに着いて行くと、昔わたしが暮らしていたくのたま長屋と、忍たま長屋の、ちょうど間辺り、先生達の部屋がある長屋の端の部屋だった。

「隣は僕の部屋だから、何かあったら言ってね!」
「ありがとう!じゃあわたし着替えるから」
「あ、ごめんね、じゃあまた後でね〜」

へにゃっと笑うと、秀作くんは部屋を出ていった。学園長にミスが多いなんて言われていたけど、秀作くんは頑張ってるみたいだ。わたしも頑張ろう!装束に袖を通すと、自然と気分がシャキッとした。網シャツはちょっと恥ずかしいけど。


部屋を出ると、もう秀作くんはいなかった。今の時間は午後の授業中なので、辺りに先生や生徒がいる様子もない。とりあえず、食堂に行けばいいかな?そう思い、わたしは食堂に向かった。食堂への道は完璧だ。おばちゃんの料理は本当においしくて、毎日ご飯の時間が楽しみだった。食堂に到着して台所を覗くと、おばちゃんは食器を棚に戻していた。お昼の時に使った食器だろう。わたしが声をかけると、おばちゃんはこっちを振り返った。

「あら、なまえちゃん!久しぶりねぇ」
「お久しぶりです!今日から事務員兼食堂のお手伝いとして、ここで働かせてもらうことになったんです」
「聞いてるわ。これからよろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」

にっこりしたおばちゃんに頭を下げる。また毎日おばちゃんの料理を食べれるって、幸せだなぁ!

「それで、さっそく仕事なんだけどね、第三協栄丸さんのところに行って、魚をもらってきてくれるかしら?量が多いから、給食当番の子と一緒に行ってちょうだいね」
「わかりました!」

わたしの返事におばちゃんは頷いた。今日の給食当番は、三年生の子のようだ。給食当番があるのも三年生までで、四年生からはなくなる。でもわたしが学園にいたのは三年前までだから、わたしの知っている子がいるとしたら、四年生以上の子だろう。今の六年生なら、元々同じ学年だったので、少しは面識がある。どんな人がいたっけなぁ、と思い出していたら、鐘の音が聞こえた。午後の授業終了だ。もうすぐ来ると思うからね、と言うおばちゃんに返事をすると、わたしはカウンターから出る。外から賑やかな声が聞こえ始めたので、廊下を覗くと、一人の男の子と、その子に引きずられながら二人の男の子が来ていた。装束は黄緑、三年生だ。

「給食当番の子?」
「あ、はい」

引きずっている方の子がわたしを見て、不思議そうな顔をした。それから、胸のとこにある事務の文字を見つける。

「新しい事務の人…ですか?」
「そう!なまえと言います、よろしくね」
「よろしくお願いしまーす。じゃあ、小松田さんがクビになっちゃったの?」

今度は引きずられている内の一人が言った。

「ううん、わたしは秀作くんのお手伝いと、食堂のお手伝いなの。今から君たち給食当番の人と一緒に、魚を貰いに行くようおばちゃんから言われたのよ」
「兵庫水軍さんのとこかぁ」

まだ喋っていなかった、引きずられている子が言った。こっちの子は、引きずられるには、少し大きい気もする。食堂を出たわたしと三年生の忍たま達は、一緒に倉庫に向かった。そこでリヤカーを借りてから行くのだ。

「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「なんですか?」
「どうして三人はずっと手を繋いでるの?」

外に出てからは、引きずられると痛いからか、三人とも歩いていたけど、みんな手を繋いでいる。なんだか微笑ましい光景ではあるけど、不思議だ。わたしの質問に、真ん中にいる男の子、さっきまでは二人を引きずっていた男の子が、疲れた表情を見せた。

「こいつら、酷い方向オンチなんです。繋いでないと、すぐどっか行くから」
「なんだよ作兵衛、方向オンチは左門だろ。おれは違うよ」
「おれだってそんなに方向オンチじゃないぞ!いつもみんなの方が迷うんだろ!」
「三之助は無自覚だから厄介なんだよ…左門は紛れもない方向オンチだよ…」
「あはは…大変だね。それより名前は、左門くん、作兵衛くん、三之助くん、で合ってる?」

右から順番に聞けば、三人は嬉しそうに頷いた。よーし、覚えた!

「三年、何組?」
「ろ組です!」
「なまえさん、忍術学園に詳しいですね。いつから事務員してたんですか?」
「今日からだよ。でも、元々忍術学園の生徒だったから」
「えー!そうなんですか!」
「うん、でも三年生までで辞めたから、本当なら今年六年生の年なの」
「ってことは…おれ達が入ってくる年に辞めたんですね」
「そうそう」

そんな話をしていると、すぐに倉庫に着く。倉庫の前には、吉野先生が立っていた。

「吉野先生お久しぶりです」
「おお、なまえくんだね。話は聞いていますよ」

吉野先生は倉庫の裏からリヤカーを引いて来た。

「ありがとうございます!それと、これからまた、お世話になります」
「はい、小松田くんの失敗の分までしっかり働いてもらいますよ」

いたずらっぽく笑った吉野先生の言葉は、冗談と受け取っておこう。倉庫から裏門まではすぐ近くで、門では秀作くんが待っていた。

「外出届を見せて下さい〜」

間延びした話し方の秀作くんに外出届を見せると、気を付けて行ってきてね、とにっこりされた。一歳年上とは思えない。

「あ、それと」

門を出ようとしたところで、再び秀作くんに呼び止められた。

「事務って書いてある服は目立つから、これを羽織って行きなよ」

ばさり、と秀作くんはわたしの肩に、女物の羽織りを掛けた。そういえば、事務員の服に着替えたのを忘れていた。わたしのために用意して待っていてくれたのかな?秀作くんにお礼を言ってそれを着込むと、もう一度、行ってらっしゃい、と言われた。わたしは手を振って、先に進んでいた作兵衛くん達を追いかけた。

「あ、なまえさん、服変えて来たんですか」
「羽織っただけだけどね。ええと、裏門から海への道は…」

わたしが地図を取り出そうとすると、左門くんと三之助くんが、素早く別々の方向を指差した。

「こっちだ!」
「あっちだ!」
「ちげえええ!」
「二人正反対なんだけど…」

走り出しかけた左門くんの服を、作兵衛くんが素早く掴んだ。さすが、慣れた手付きだ。三之助くんはリヤカーを持っていたので、幸い走り出すことはなかったみたいだ。三之助くんからリヤカーを受け取り、空いている方の手で、三之助くんの手を握った。

「え、」
「迷子になられたら困っちゃうからね」

笑って言えば、三之助くんは驚いていた顔を、ちょっと照れたような笑顔に変えた。




しばらく歩くと、海が見えた。久々に見る海に、少しテンションが上がる。浜辺に降りていくと、第三協栄丸さんと義丸さんが話をしていた。

「第三協栄丸さーん」

近付きながら声をかけて手を振ると、二人は気が付いて、こっちを向いた。

「おー、なまえちゃん!久しぶりだなぁ」
「あれ、今日はどうしたんだ?」
「お久しぶりです、第三協栄丸さん、義丸さん!今日は夕食に使う魚を貰いに来たんですけど…」
「大丈夫、おばちゃんから話は聞いてるぞ」

リヤカーを作兵衛くんに任せて、わたしは第三協栄丸さんに着いていく。そば屋でもたまに、わたしがお使いに行くことがあったので、水軍の人達とは大体顔見知りだ。新鮮な魚をたくさん頂いて、ついでに少し水軍のみなさんと話して、わたし達は帰路についた。帰り道は、なぜかわたしの両手は三之助くんと左門くんと繋がれ、自然と作兵衛くん一人にリヤカーを任せる形になってしまった。なんだか、三之助くんと左門くんに、すごくなつかれたようだ。

「作兵衛くんごめんね、一人で持たせちゃって」
「い、いえ大丈夫です!行きはなまえさんに持たせちゃったし…それより左門と三之助は何もしてねえだろ!」
「おれ達は方向オンチだからなまえさんに手繋いでてもらわないとー」
「迷うかもしれないもんなー」

ニヤニヤ笑って作兵衛くんに言う二人。作兵衛くんは二人を睨んでから、ため息をついた。ああ、この子は苦労してるんだなぁ。苦笑いして三人の掛け合いを見ながら、わたしは楽しく学園まで戻った。

「おかえり〜なまえちゃんに、富松くん達」
「ただいまー秀作くん」門のところを掃除していた秀作くんに挨拶を返して、まず食堂に向かう。左門くんと三之助くんは、手を離すとすぐにおかしな方向に行ってしまう。学園内だからって、油断はできないらしい。作兵衛くん談。食堂で魚をおばちゃんに渡して、今度はリヤカーを返しに向かう。吉野先生はもういなかったので、用具委員の作兵衛くんが戻しておいてくれた。

「それじゃあね、作兵衛くん、左門くん、三之助くん。お使い楽しかったよ」
「あの、なまえさん…」
「うん?」
「なまえさんって小松田さんとどういう関係なんですか?仲良いですよね」
「え、幼なじみだよ!」

作兵衛くんの言葉に、ちょっとびっくりした。あんなゆるゆるした関係のわたしと秀作くんでも、恋人同士かなんかに見えたのだろうか。そんな風に考えたこともない。わたしの中で秀作くんはちょっと頼りないお兄ちゃんみたいな存在だし、優作さんは頼りになるお兄さんだ。家族みたいな存在なのだ。それじゃあ!と手を振る三人に手を振り返してから、わたしは食堂に向かった。


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