わたしは忍術学園に来て初めて、一週間ものまとまったお休みをもらった。というのも、ふとした六年生の小競り合いが本気の喧嘩へ変わっていき、ついには食堂の壁の一部が壊れてしまったのである。台所も壊れてしまった部分があるので、仕事のできない食堂のおばちゃんと、その補佐が主な仕事であるわたしはちょっとした臨時の休みを貰い、壁を壊した六年生は授業時間外の自由時間を削り食堂の復旧作業に当たることとなり、それが終わるまで生徒のみんなは忍者食研究という名目で自炊ということになったのだ。気の毒と思う気持ちは若干あれど自業自得な部分もあるし、こんなことは滅多にないことなので、ありがたく帰省させてもらうことにした。






「ただいま〜」

まだ昼前でお客も疎らな時間帯に、わたしは帰宅した。店の真裏がそのまま家になっているが、この時間帯家には人がいないし、いつも買い出しなど店の正面から出入りしてしまっているので、店側から堂々と声をかけた。店内には見知った常連のお客さんの顔もいくつかあり、働きに出てしばらく見なかったわたしを歓迎してくれた。

「なまえちゃん久しぶりだねぇ!」
「元気そうで安心したよ」
「元気だよ〜。たまにこうやって顔出せたらとは思ってるんだけど」
「あら、なまえ。便りもなしに帰ってきたの」
「お母さん。ただいま、ちょっと急だったから」
「おかえり、わかってたらお使い頼んだのに。まあいいわ、手伝ってくれる?」

あまりに自然な流れで少し笑ってしまった。まあ、それでも、変わりなくて安心。

「そういえば、奥の席にちょっと懐かしいお客さんが入ってるわよ」
「懐かしいお客さん?」
「昔よくご家族で来てて、お子さんがあんたと同じくらいの歳だったんだけど、なんて名前だったかな…そのお子さんが来てるのよ。ちょっとお茶のおかわり持ってくついでに挨拶しといでよ」
「全然わかんないけど…わかった」

荷物をおろすとお盆に急須をのせて、奥の席に向かう。懐かしいお客さん、誰だろう。ぴんとこない。奥のお座敷席を覗くと、男の子が二人、蕎麦をすすっているのが見えた。ちらちら顔が見えないか伺いつつ、わたしは座敷に上がる。

「失礼しま〜……あれ?」
「ん?」
「あ」
「なまえさんだ」
「竹谷くんじゃない。常連さんだったっけ?」

以前、毒虫騒ぎで助けてもらった、生物委員の竹谷くん。いつもの制服ではなく私服だけど、ボサボサの髪はよく覚えている。

「いや、俺は初めてで…」
「…そば屋の姉ちゃん」
「え?」

竹谷くんの正面にいたのは、話したことはないけど、何度か見たことのある顔。そば屋の姉ちゃん、という響きは聞き覚えがある。まさかこっちが、昔馴染みのお客さん?

「兵助?」
「あ、いや、昔よく家族とここに来てたんだよな。家は引っ越したし、俺は学園に入学したし、ずっと来てなかったんだけど…食堂でもなんとなく見たことがあるなって思ってたけど、この店で顔見たらしっくりきた。なまえさん、ここの人だったんだ」
「ごめん、ええと…わたし、あんまり覚えてなくて」

正直に言うと、兵助くんと呼ばれた彼は少し残念そうな顔をした。ごめんね。

「いや、すごい小さい頃だし、無理ないです。俺、久々知兵助って言います」
「ああ、久々知さん!」
「あ、名前は覚えててくれました?」
「うん、昔読めなくてお母さんに聞いたの、覚えてる。ああ〜、すごい、久しぶりね…」
「ですね…」
「いや、二人、食堂でしょっちゅう会ってましたし」

名前を聞いて、じわじわと思い出す。まだお盆に蕎麦一杯を乗せて運ぶお手伝いくらいしかできなかった頃に、よく来ていたお客さんだ。言われてみれば、久々知くんはあの頃の面影もある…けれど、なんだか睫毛が長くて髪も綺麗で、美人、になったなぁ。これは男の子に言うと褒め言葉として受け取ってもらえないこともあるので、胸にしまっておくけど。

「そうだよね、気付かなかったなぁ」
「まあ、兵助、ちゃんと食堂来ない日も多いしな。い組は大変そうだよなあ」
「いや、勝手に俺が残って復習してるだけなんだけどさ。これからは食堂にもっと顔出すようにしよう」
「でもずっとお店には来てなかったのに、急にどうしたの?」
「いや、だって、今日からしばらく食堂使えないじゃないですか」
「……ああ!そうだった」
「それでどっかに食べに行こうって話して、急に思い出したんです。思えば、なまえ姉ちゃん毎日見てて、無意識にここのこと浮かんでたのかも。相変わらず、美味いです」

にこっと笑った久々知くん。だが、わたしはサラッと言われたなまえ姉ちゃんという言葉に少し照れてしまって、咄嗟に言い返せなかった。

「うん、美味かったです!なまえさん、ご馳走様!」
「あ、ああ、うん!両親にも言っておくね、ありがとう」

わたしは二人の湯呑みにお茶のおかわりを淹れて、お母さんの元に戻る。

「なまえ。わかった?」
「久々知さんだった」
「ああ、そうそう、久々知さん!綺麗になったわよねぇ」
「ね〜」

やっぱり親子。抱く感想は同じ。

「じゃあ、昔を懐かしんだところで、あそこのお客さんの注文聞いて来てちょうだい」

いや、一枚上手なのが、母、なのである。
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