「なまえくん」
「はい」

仕事もだいたい片付けて、後は最後のまとめを終えたら食堂のお手伝いに行こうかなと思っていた頃、吉野先生に声をかけられた。何か不備か、仕事の追加かと身構えたが、吉野先生の表情は柔らかい。

「良かったらこれをあげます」
「なんですか?」
「いや、今日町まで買出しに行く用事があったのですが、くじ引きをしていましてね。ちょうど当たってしまったものの、もうしばらく町に出かける用事もありませんから」

そう言って渡されたのは、町で人気のお団子屋の、数枚綴りのタダ券。

「え!いいんですか?このお店、大好きなんです」
「何枚かあるから、もし行く機会があればお土産でも買ってきて下さい」
「はい!ありがとうございます」

いつも結構厳しい吉野先生だけど、わりと仕事のことも褒めてくれるし、たまにこういったご褒美もくれる。飴と鞭だなぁ。

「それで、任せた書類は?」
「あ、もう終わります。済んだら食堂のお手伝いに行きますね」
「相変わらず仕事が早くて助かりますね」

笑いながら先生は自分の机に戻って行った。お団子券でなんだかやる気が出てきたぞ。食堂のお手伝いも済んだら、いつ誰とお団子屋さんに行くか計画を立てなくちゃ。







その後、みんなの晩ご飯が済んで、いつも通り一人で食事をとっていると。

「なまえ」
「へ?山田先生?」

隣にいきなり山田先生がやってきて、驚いた。いったい何事だろうと思っていたら、なにか包みを渡される。

「これは?」
「今朝利吉が私に会いにきていたんだが、事務の女の子にお土産と言って渡していったんだ。事務の女の子と言えばなまえしかおらんと思うんだが、利吉と面識があったか?」
「以前ちょっとだけお話しましたけど…わざわざお土産を?!どうしよう、直接お礼も言えずにすみません」
「なにやらなまえのことを気に入っているようだったし、あいつはしょっちゅう学園に顔を出すから、また会った時にでも声をかけてやったらいいだろう」

じゃあおやすみ、と席を立った山田先生を見送り、包みに手を伸ばす。開けてみれば、中身は可愛い櫛だった。

「…上等な櫛だねぇ。なまえちゃん、隅におけないんだから」
「わっ!お、おばちゃん!」
「利吉さんって言えばくのたまの女の子達にも大人気なのよ」
「もう、そんなんじゃないんです!ごちそうさま!」
「あらあらからかいすぎちゃったわねぇ、ごめんごめん」

食器は洗っておくからさげといてくれればいいわよと笑うおばちゃんは、わりとこういう噂話が好きである。わたしは食器をさげておばちゃんにおやすみを言うと櫛を持って食堂を出た。そして、食堂から見えない辺りまできてから、もう一度櫛をまじまじと見て、抱きしめる。

「やっぱりかっこよすぎ…!」

できたら直接渡して欲しかったなんて贅沢なことを考えながら、わたしは鼻歌を歌いながら部屋に戻った。







翌朝、洗面所で顔を洗っていると、おはようと声をかけられた。手拭いで顔を拭いて声の方を見れば、横に立っていたのは若い方の山本シナ先生。

「シナ先生。おはようございます」
「いい天気ね」
「そうですね〜。掃除日和だし洗濯日和です」
「ふふ、あなたはいつも忙しそうにしてるのね」
「毎日充実してます」

そう言ったわたしにシナ先生は妖艶に笑った。女なのに、ドキドキする。

「あなたが事務員として来てから、なんだか学園は活気がある気がするわ」
「ええっ?そんな、大袈裟です」
「あなたが学生だった頃はなんて危なっかしい子と思っていたけれど、今はすっかり頼もしい事務員さんね」

シナ先生の一挙一動は全部綺麗で、なにか目を離せない魔力みたいなものがある。本物のくのいちってすごいんだなぁとぼんやり思った。危なっかしいわたしには、くのいちは無理だ。

「頼もしいだなんて」
「頼もしいし魅力的な事務員だと思うわ。せかせか働いているあなたは見ていて可愛いわよ」

ウインクを一つ飛ばして、顔を洗い始めるシナ先生。唐突にすごく褒められて、照れて固まるわたし。いや、褒められた?たぶん、褒められた。

「面白いくらいに感情が顔に出やすいのは、学生の頃から変わらないわね」

シナ先生はわたしの手拭いをぱっと取ると、そのまま持っていってしまった。わたしの顔は赤くてバカみたいにぽかんとしているのだろう。







シナ先生のフェロモンでちょっとやられていたわたしは、ぼけっとしていたせいか、朝食の後にカラスに髪留めを掻っ攫われた。

「いったぁー!!髪の毛まで!」

頭を抑えながらぎゃあぎゃあ叫んでいると、一年は組の仲良し三人組が走ってきた。

「なまえさんも、カラスに?」
「もって、みんなも?」
「あのカラス、最近学園内に巣を作ったらしくて、被害者がいっぱいいるんです!」

学園は誰のものだと思ってるんだ、あのカラス。結構、気に入っていた髪留めだったのに。

「僕らは手裏剣持っていかれたんです!」
「手裏剣?!」
「磨いててピカピカしてたからだと思います」
「巣の場所は知ってるけど、場所が高いし、近付くとカラスが攻撃してくるから、取り返せないんです!」
「午後の実技でいるのになぁ」
「じゃあとりあえず、巣を見に行ってみる?」
「はい!」

三人組に案内してもらって巣のある木の下まで来たけど、確かにカラスはかなりこっちを威嚇してくる。卵があるのだろうか。それならそれで、光り物集めてないで卵を守っておきなさい、と思ってしまう。

「こわぁ。髪留め抜きにしても、あれは退治しとかないと怖いよ」
「髪留め盗られたのか?」
「わっ、土井先生!」
「乱太郎、きり丸、しんべえ、もうすぐ授業始まるぞ」
「でも土井先生、午後の授業で使う手裏剣盗られたんす!」
「忍者がカラスに負けていてどうする…」

土井先生は呆れた顔をすると、いつもの出席簿と黒板消しを取り出した。

「見ておきなさい」

土井先生は出席簿と黒板消しを投げてカラスを巣から上手く遠ざけると、ひとっ飛びで巣のある枝に乗り、わたしの髪留めを取り戻して降りて来た。

「ほら、なまえ」
「すごい!ありがとうございます!」
「先生僕たちのも!」
「お前達は自分で取りなさい。忍たまだろう」

怒っているのか猛スピードで戻ってきたカラスに、一掴みの砂をかけて怯ませる土井先生。

「今だ、頑張れ」
「よ、よし、しんべえ肩貸して!」
「わかった!」
「急がないとまた襲ってくるぞー」

ヨタヨタと木に上ろうと頑張っている三人組。しかしまだまだ時間がかかりそうだ。

「土井先生、指導に使うのはいいんですけど、あれどかすことってできますか?」
「そうだな。これが終わったらわたしがやっておこう」
「ありがとうございます!」

お尻から落ちて、カラスに突かれている三人組を尻目に、用を済ませたわたしは事務室に戻ることにした。みんな、頑張れ。







その日の夜。お風呂も済ませて部屋でゆっくりしていると、外から控えめに声をかけられた。

「なまえちゃん」
「秀作くん?」
「入っていい?」
「いいよ」

するすると戸を開けて、わたしと同じく寝間着の秀作くんが顔を出した。なんだか嬉しそうな顔だ。

「どうしたの?」
「実はね、今度週末に一日お休みもらえそうなんだ。週末までに大きなミスをしなきゃ、なんだけど…でも頑張るから!でね、良かったら一緒に町に行かないかなって」

秀作くんが真っ先にわたしを誘ってくれたことが嬉しくて、わたしは満面の笑顔で頷いた。

「良かったぁ」
「わたしも秀作くんがミスしないように手伝うから、きっと行こうね」
「うん!」
「あ、そうだ。今日、吉野先生にお団子屋さんの券もらったんだ。一緒に行こ!ついでに先生達にお土産も買って」
「いいねいいね〜。よーし、今週は頑張るぞー」
「張り切りすぎて失敗しないでね」
「しないよ。じゃあおやすみ」
「うん、おやすみ」

ふわふわしながら出て行った秀作くんの背中を見送ると、すぐに眠たくなってきた。わたしも、週末が楽しみだな。利吉さんにお礼の品もなにか買えたらな。そんなことを考えながら眠りに落ちるのは、なんだか幸せだった。
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