「貴様、大川平次渦正の知り合いだな」

ある日の買い出しに出掛けた帰りのことだった。街を抜け、人気のない山道に差し掛かった時、突然後ろから首筋に冷たいものを押し付けられ、耳元でそう聞かれた。叫び声を喉で押しとどめて、ばくばくと一瞬で早くなった心臓に落ち着けと言い聞かせる。声に聞き覚えはないが、大川平次渦正という名前には覚えがある。学園長先生のことだ。よく学園長先生を狙って刺客が来ると言うが、まさか人質にされるとは。どう答えたらいいだろうと、冷や汗を流しながら考えていると、首筋に刃物を押し当てる力が強くなった。ぴりっとした痛みを感じる。

「しらばっくれようとしても無駄だ。以前共にいるのを見た。大川平次渦正の元に連れて行け。断れば…」

くい、と刃物で顔を上に向けられる。

「命は無いぞ」

ああ、おっかない。わたしにはくノ一はやっぱり無理だ。脅しではなくて本当に、何かおかしな動きをすれば首が飛ぶとわかった。後ろに立つ、顔も見えない誰かの、殺気がそう感じさせたのだろう。首筋を垂れる生暖かい感触が、それを物語っている。どうしよう、この人を学園に連れて行くしかない。

「すみません!」

ふと、さらに後ろから別の声がした。後ろに立つ男がぴくりと反応したのがわかった。そしてわたしも、少し大袈裟に反応してしまった。声はよく知ったものだ。

「取り込み中にすまない!道に迷ってしまったのだ。街はどっちか知らないか?」
「…うるさい」

男がわたしに刃物を押し付けていた方の腕を解放し、そのままその刃物を声をかけてきた人、小平太くんに向かって投げた。本当に一般の村人ならきっと避けられなかっただろう、しかし彼は忍たま六年生。いとも簡単にそれを避けてしまった。その隙に、横の茂みから人が飛び出して、わたしと男の間に割って入った。男は咄嗟にわたしを突き飛ばし、わたしからも小平太くんからも距離を取った。

「なまえ、怪我は」
「せ、仙蔵くん?それに小平太くんも、どうして?」

わたしの言葉は無視して、仙蔵くんはわたしの髪を掻き上げた。首筋に浅い一文字の傷を見つけて、仙蔵くんは舌打ちをする。

「小平太、やってやれ」
「おう!」

距離を取って初めて見えた、わたしを人質に取ろうとした男は、身軽な服に身を包み、しかし顔は笠と布で隠していた。学園長に私怨のある忍者か、どこかの城に依頼されたのか。素人のわたしから見ても、とても強そうだと感じた。小平太くんは真剣な顔で、苦無を構えている。

「なるほど、見覚えがある。ツキヨタケ城の忍者だな」
「ひっ」

男と小平太くんに意識がいっていたわたしは、聞こえた新たな声にびくっと肩を震わせる。

「ど、土井先生?」
「なまえ、首を怪我したんだな。見せてみなさい」
「では土井先生、こいつを任せて、私もあのツキヨタケ城の忍者とやってきて良いですか」
「立花、お前も怪我には気を付けなさい」

仙蔵くんはじりじりと間合いを測っている二人の中に飛び込んだ。直後、その場は乱戦状態になる。

「あの、土井先生!どうしてここに?」
「助けに来たんだよ」
「どうして襲われてるってわかって…」
「…本当は、食堂のおばちゃんに買い出しの追加を頼まれたんだ。立花と七松は各々出掛けるつもりだったようで、たまたま学園の外で会った。そしたらなまえが襲われていたので、授業形式で救出を」
「授業形式?!」
「なまえを極力傷付けず救出してみなさいってね。だがこちらから何かする前に傷を付けられてしまったとは…よし、応急処置はできたぞ。後で一応保健室に行きなさい」
「は、はい…」

首に巻かれた包帯を触りながら、三人の戦いに目を戻した。ツキヨタケ城の忍者は、さすがプロの忍者というか、小平太くんと仙蔵くんの二人を翻弄していた。

「うーん、倒すところまではさすがに荷が重いか。どれ、私も手伝ってくるから待っていなさい」

土井先生はぽんとわたしの頭に手を置いた後、チョークを投げ付けツキヨタケ城の忍者の注意を引き、振り向いた敵の手を蹴り上げて刀を吹っ飛ばし、落下してきたそれを奪った。すかさず別の武器を取り出そうとしたツキヨタケ城の忍者の顎を、土井先生は再び蹴り上げる。脳が揺れて動きが鈍ったツキヨタケ城の忍者の、首の後ろに峰打ちを食らわせると、忍者は意識を失ってかくんと膝を折れた。一瞬で勝負が決まり、少し悔しそうな顔をする小平太くんと仙蔵くん。

「救出は悪くなかった。が、戦闘には無駄があるな。六十点」
「くそー、そんなに強い相手じゃなかったのになぁ!」
「くっ…そんな点数を取ったのは久しぶりだ…一対一なら焙烙火矢ですぐに勝てたのに…」

土井先生はてきぱきとツキヨタケ忍者を縄で縛り上げ、肩に担いだ。

「そうだ。なまえ、おばちゃんからの追加のお使いで、味噌が切れそうだから買ってきて欲しいとのことだ。危ないから七松か立花についてきてもらうといい」
「私がついて行くよ!またなまえと買い物したいしな!」
「暴君小平太に任せてはおけまい。私が一緒に行ってやろう」
「いや、わたし、味噌のこと知ってたので、買ってきてます。土井先生、学園に戻るのなら、一緒に行っていいですか?」
「え?あ、ああ。買ってあるなら戻る必要もないな。じゃあ一緒に戻るか」
「小平太くんも仙蔵くんもありがとう!また後で食堂でね」

味噌を買ってあるのは本当のことだし、二人には少し申し訳ないけど、一番平和的な道を選んだと思う。わたしは歩き出している土井先生の背中を追った。

「…小平太がいなければ」
「あっ、何だと!私がいなくてもなまえは味噌を買っていたし、焙烙火矢ごときではあのツキヨタケ忍者は倒せなかったと思うけどな!」
「筋肉馬鹿の小平太が生意気を…!」
「やるか?!」
「面白い!」

遠ざかる二人の不穏な会話は、聞かないふりをして。
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