びゅうっと風が吹き抜けて、思わず地面に手をつく。辺りが暗くなり、ボツボツと大粒の雨が降り出した。

「暴風雨!」
「おい、なまえ!栄口!風と水だぞ、得意分野だろ!なんとかしてくれ!」
「う、ウンディーネ、どう?!」
「魔物の魔法っていうのが怪しいけど、自然現象の範囲ならなんとかなるかな……いいさ、やってみろ!」

珍しく、好戦的な顔をしているウンディーネ。しかし雨はものすごい勢いで激しさを増し、雷が間近で鳴り響く。稲光りと雷鳴はほぼ同時。一瞬あまりの明るさにくらっとした。地面に踏ん張っていないと吹き飛びそうな威力の暴風も吹き荒れ、身動きも取れない。

「シルフ、風が厄介だ!」
「捩じ曲げるには魔法が強すぎるわ、ユウトが倒れちゃう……でも大丈夫、吹き飛ばされたら私が風でここへ戻すから、安心して戦って」
「ええー!まじ?!それ信じていいの?!」
「だ、大丈夫!だよな、シルフ……?」
「大丈夫!自分の精霊が大丈夫って言ったら大丈夫だよ、ユウトくん!」
「……!」
「よし、俺はシルフが大丈夫って言うなら大丈夫って言うなまえの言葉を信じるぞ!!」

たじが地面についていた手を剣にかけ、勢いよく立ち上がり、鳴いたまま地上に留まっている鳥の羽根に向かって斬りかかった。が、剣が当たるより随分手前、羽ばたき一つでふわっと体が宙に浮いた。すかさずシルフがそれを、突風で安全な地面に返す。一瞬のことであれば、暴風以上の風が起こせるようだ。

「視界も悪い!ウンディーネ、雨はどうなんだ?!」
「よし、任せて……なまえ、魔力をいつもより多めに借りるよ!!」

ウンディーネが腕をグルグルと回すと、そこらじゅうにできたばかりの大きな水溜りから水がぷくーっと浮かび上がり、巨大なドームのようになってわたし達を包み込んだ。初めてウンディーネと会った時、ホワイトウルフもろともわたし達を洞窟から押し流した後、最後に水の壁を作っていたのを思い出す。外の雨はドームに当たると、その流線に沿って流れ落ち、ドームの外のラインにはさっきより酷い勢いで水溜りができていく。廉くんと千代ちゃんは暴風の中心からだいぶ離れた森の近くにいたので、ドームの外になってしまったようで、見えなくなった。

「みんな、聞いて!暴風の影響ですぐ色んなところに穴が空くのと、なまえの魔力を消費しすぎるのとで、このドームは長く続けられない!喉か目か羽根、どこかをこのチャンスで絶対に潰して!!」
「っしゃ!なまえ、踏ん張れよ!!」

隠れて控えていた泉くんが、弓を構えながら飛び出す。近くから狙い射るつもりだろうか。

「泉は目だ!俺は喉、田島は羽根!」

浜ちゃんも駆け出した。シルフの突風で遠くに転がっていたたじも起き上がり、三人は三方向から同時に攻撃を仕掛ける形になる。鳥は真正面から向かって来る浜ちゃんを見据えて構えている。ドキドキして手を握り締めようとして、さっきより力が入らなくなっていることに気が付いた。ウンディーネがはっとした顔でこっちを見る。

「ウンディーネ集中して」
「……舐めないでよね」

そんな数瞬のやり取りの間にも、三人は攻撃に入っていた。まず泉くんが限界まで近付いて放った矢は、それでもびゅんと風にあおられて天高く吹き飛ばされてしまう。一方、たじの剣は見事に羽根に命中した。先程からしつこく攻撃していたところに深く剣が入り、鳥が思い切り体を捩らせた。それがあまりに激しい動きだったので、浜ちゃんは目の前に振り回された脚を避けるのに一度大きく飛び退く必要があった。しかしすぐに隙を見つけて、鳥の喉元にグッと魔法の剣を押し付け、振り抜いた。派手に血飛沫が上がって、しかし叫び声は上がらない。喉を潰した。これで魔法は封じられたのだろうか。各々攻撃後は暴風に吹っ飛ばされて、シルフの突風によって少し離れた場所に転がされた。鳥はのたうち回っている。

「雨と風が弱まった……魔剣士さん、ありがとう!」

ウンディーネがぱんと手を叩くと、水のドームは中心からバシャンと割れ、さっきからできていた水溜りを溢れさせた。雨足と暴風は確かに、少しずつ弱くなってきているように思えた。わたしも這い蹲らないように力んでいた全身の力を抜いて、へたり込む。

「僕が最初に飛ばした水を、剣にツララ状に凍らせたままくっつけていたんだね。その氷の返しが付いてなかったら、一撃では足りなかったと思うよ」

ウンディーネがわたしを労わるように寄り添いながら言った。よくそんなの見えてたな。

「でも、さすがに皮膚が厚いのか、結構斬ったはずだけど致死量の失血ではないのかな……まだ、暴れ回ってるね。片羽根も飛べる状態ではないし、もう鳴くこともできないはずだけど……」
「でもそれってつまり……もう飛べないし魔法も使えないってことなら……」
「か、勝てる……」

勇人くんがギュッと拳を握った。わたしも気合いを入れ直す為に、両手で頬をぱんぱんと叩いた。その音に、勇人くんがこっちを向いた。

「あ……なまえちゃん、随分顔色悪いね?さっきの、かなり負担かかったよね」
「あ、いや、う、うん……でも、大丈夫」
「いや、チヨに薬をもらった方がいいよ。立てる?風は……止んできたけど」
「ありがと、立てるよ」

緊張しながら立ち上がってみると、なんとか歩けそうだった。ちらっと鳥の方を見れば、暴れてはいても、もう攻撃を当てるのは容易そうだし、勝負がつくのは時間の問題かなという感じだった。みんなが戦っているのを横目に、薬師の二人が待機している森の方へ駆け込む。途中で気が付いた廉くんが、すごく不安そうな顔で駆け寄ってきて、安全な森へ引っ張り込んでくれた。

「なまえさん、だ、大丈夫?け、怪我……した?!」
「さっきのウンディーネの水の魔法で全然様子が見えなくなって、心配だったの」
「大丈夫、でも魔力が減ってふらふらしてて。何か、効く薬って、ある?」
「魔力草があるよ。ただ、他の薬草と混ぜると効果が極端に薄くなる珍しい薬草で。苦いけど、そのまま煎じて飲むしかないの」

話しながら、千代ちゃんは手際良く火を起こして、小さなカップ分のお湯を沸かす。麻袋から取り出した薬草をお湯に入れる前に、廉くんに見せた。

「これが魔力草」

わたしも一緒に覗き込む。魔力草は丸っこくて、お椀のように湾曲した葉っぱだった。色は真ん中の方から、薄い紫からドギツい紫、そして端はほぼ黒に近くなっていて、ところどこほにクリーム色の斑点があった。毒がありそうで、自生してたら手を出さなさそうな色。

「ちょっと薬草と思うと毒々しいけど、斑点が夜空に浮かぶ星みたいな色でしょ。それで、実はこの植物は星の綺麗な新月の夜に花を咲かせるんだけど、その時に魔力を使い切ってしまうから、もう薬草、魔力草としての効果はなくなるの。そんなこともあって、通称星空花って呼ばれてるんだ」
「へえ〜」

そんなロマンチックな豆知識を聞いていた時、わあっと歓声が聞こえた。そちらを見ると、どうやら戦闘職組が巨鳥を完全にやっつけてくれたようだ。ほっとしたところで、千代ちゃんが煎じた薬を差し出してくれた。

「ありがとう!」
「苦いけど、飲んだらすぐ体が楽になるし、バルツァでは貴重だから、吐き出しちゃダメだよ!苦いけどね」
「う、うん」

念押しされて少々緊張しつつ、とりあえず一口。

「ま…………!……!!」

ずい、と続けるために口を開けたら出てしまうと思って、咄嗟に口を押さえた。涙目になりながら飲み込む。なぜか見ていた廉くんも体を強張らせて、涙目になっていた。これ本当に毒持ってないのかな?

「よく耐えたね!えらいえらい!」
「ウンディーネ……」

確かに、すぐに体がじんわり暖かくなって、元気が出てきた。ただ口の中には苦さが残る。

「不味いけど、魔力が回復できるなんて便利」
「でもひとつ、注意点があるの。魔力草の過剰摂取は絶対ダメ」
「な、なんで?」
「……魔力草が発見されるまで、魔力だけを回復させる方法はないと思われてたの。しっかり休養を取る以外に。でもある時偶然魔力草が発見されて、世界は大騒ぎ。これで魔法使い放題だ!って調子に乗って魔力草の煎じ汁を何十杯も飲んだ魔法使いの男が、突然倒れて翌朝どうなったと思う……?」

突然語り出した千代ちゃんは怖い顔で小声でわたし達に聞いた。廉くんとわたしは同時にごくりと生唾を飲む。

「魔力草が体中からはえた死体で発見されたのよ……」
「ひーっ!」
「魔力草は飲んで半日くらいかけてゆっくり自分の魔力と混ざっていくんだけど、魔力空っぽの時とか、短時間に何十杯とか過剰にとっちゃうと、自分の中の魔力が全部魔力草の魔力になっちゃって、のっとられて、苗床にされるらしいよ。そういうの聞くと怖いけど、魔剣士と召喚師がいるなら、絶対持ってた方がいいとは思うよー。あれば勝てたのになーってなる事もよくあるみたいだし」

普通に怖いけど、確かに動けないほどの疲労が薬一杯で抜けるのなら、必要になる場面はたくさんあるはずだ。今までもあった。

「でも、それは、キチョウ……?」
「バルツァではね。高山植物じゃないから。北の平野で栽培法が確立されてからは、結構出回ってるよ。北に向かうなら、価格も下がってくと思うし」
「ほしいね」
「う、うん」
「おーい、チヨー」

いつの間にか勇人くんが近付いて来ていた。

「あっちも回復してやってくれないか?」
「うん、行く」
「お、オレも!」
「なまえちゃんは、元気になった?」
「おかげさまで!」
「すごかったよ、さっきの……オレ感動しちゃった!帰ったら家族に、どうやって巨鳥を倒したのか話してやらなきゃ」
「大げさだよ!」
「大げさじゃないって!あんなことは精霊にしかできないよ。オレもシルフと、スピリットサークル描きに行ってくるな。みんなは、チヨと先に戻ってて」
「お疲れ様、なまえ」

ふわりと風に撫でられたかと思うと、シルフが勇人くんの後を追うように飛んでいった。

「なまえ!勝ったぞ!大丈夫かー?」
「あ、うん!みんなお疲れ!思ったより全然スムーズで、びっくりした!」
「いや、ウンディーネとシルフがいなかったら動くこともできなかったけどな」
「でもさー、やっぱ武器あればドラゴンにも勝てたような気がしてくるよな!!」
「ちょっと、動かない!スムーズにって言っても、たくさん怪我してるよ」
「イテッ!それはシルフに地面に叩きつけられた時に擦りむけたとこだからオレは悪くねーぞ、しのーか!」
「そうなの?とりあえず、応急処置だけは済ませたから、早く村に帰ろうか」

手際良くたじの腕に包帯を巻いた千代ちゃんが、荷物をまとめて立ち上がる。

「栄口は?」
「スピリットサークル描きに行くって。先に帰っててって」
「そっか、鳥だけじゃなくて、魔王の影響もあるんだっけ、暴風」
「あ、そうだ。暴風で巨鳥が飛んでいかないように、地面に繋いでおかなきゃ」
「これとっとくの?!」
「後から村の男の人達で回収してもらうの。これだけ大きな鳥肉ならしばらく狩りをしなくていいかな」
「こういうのも食べれるんだね……」
「食べれるタイプの魔物は食べることもよくあるよ。でも宿とか食堂とか、あとわたし達もお客さま用の場合は、食用の飼育されてるやつ買ってくるんだよ。バルツァでは貴重だから、普段の生活では野菜食中心で、狩った動物や魔物を食べてるの」
「日常生活がサバイバル……」
「あはは、住んでると、慣れるよ。さあ、村に戻って温かいものでも飲もう。みんなお疲れさま!」

千代ちゃんに背中をぽんぽん、と叩かれて、なんだか安心感と一緒にどっと疲れがきた。魔力の消費の疲れじゃなくて、張っていた気が抜けたせいかな。みんなもゆっくり立ち上がり、登ってきた時よりものんびりした足取りで、わたし達は薬草育成区を後にした。
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