森を抜けると、広くて見晴らしの良い場所に出た。ひやっとした風が通り抜けて、思わず身震いをするのと同時に、少し清々しくも感じた。
「ここが頂上、薬草育成区の岩石地帯。特に険しい条件で育つ、バルツァでしか育てられないような薬草を栽培してたんだけど……やっぱり、巨鳥に食われて、ほとんど残ってないなぁ」
先頭にいた勇人くんが振り返って、辺りを見回した。岩石地帯と言うだけあって、森の途切れたところからは剥き出しの岩肌がしばらく続いて、その先は切り立った崖になっているようだった。そして、わたし達と岸壁のちょうど真ん中辺りにある巨大な枝の塊が、壮絶な違和感を放っている。
「あれは……」
「あれが巣だ」
「でっか!」
わたし達7人が、横に並んで雑魚寝をしても、すっぽりと入るくらいの枝の塊。どう見ても鳥の巣だった。ただ、あんなに大きなものは見たことがない。
「今は巨鳥はいないみたいね」
「巣を落っことして終わり、とかにはならねぇの?」
「そんなの、絶対、もっと怒らせる……と思う……」
たじの言葉に、廉くんが真っ青な顔をして突っ込む。確かに、巣を崖から落として、それをやったのがバルツァの人間だとばれたら、薬草を食い荒らされるどころか、バルツァをボロボロまで破壊しに来そうだ。こんな大きな鳥なら、それくらい簡単にできてしまいそう。
「なまえ、ウンディーネ、頼むな」
「ん?」
「今日は、氷の剣!頼りにしてるぜ」
隣を見ると、浜ちゃんが魔法剣に青い宝石をはめていた。刀身がうっすらと青く輝いて、宝石の中がゆらゆらと揺らめいた。わたしが何か答える前に、ウンディーネが現れる。
「魔剣士さん、僕の足引っ張らないでね!」
「そういうこと言わないの!」
「ウンディーネはほんと、なまえ以外に手厳しいな!」
「でも僕はこの中で、なまえ以外では、君のことを一番信頼してるからね。期待に応えてよね、魔剣士さん」
ウンディーネが試すように笑う。珍しく褒められた浜ちゃんは、頬を紅潮させて黙った。予想外の返事だったみたいだ。
「浜ちゃん、頑張ろ!」
「お、おう!頑張る!」
ふふっと笑ったウンディーネ。だがその直後、表情を堅くした。ひゅうっと、今までよりも強い風が吹いて、突然辺りがふっと暗くなった。咄嗟に上を見て、光を遮ったものを確認する。
「鳥が戻ってきた!」
高いところを、太陽を遮るように旋回していた巨大な影が、勢い良くこちらに降りてくる。わたし達は慌てて、左右に散った。さっきまでいたところを、電柱みたいに太くて鋭い爪の付いた鳥の脚が横切っていく。通り過ぎた鳥はぐるっと小回りに半回転して、再びこちらに向き直った。急いで体勢を立て直しつつ、正面から見た巨鳥は、赤や青の派手な翼に、鋭利な鉤爪と嘴を持ち、闘争心剥き出しの目をしていた。
「くるぞっ!」
羽ばたきを止めて滑空を始めると、鳥は目にも止まらないスピードで迫ってくる。ギリギリで飛び退いて避けるのがやっとだ。でも、接触のチャンスはそのタイミングしかない。
「あんなに悠々と飛ばれてちゃ、攻撃しようがないぞ!まず羽根をなんとかしないと!」
「毒矢も、いちいち避けなきゃならない位置だと全く狙いが付けれねー……ちょっと離れるから、気を引いててくれ!」
「しのーか、三橋も離れてろ!」
「ウンディーネ、準備いい?」
「もちろん!」
巨鳥が通り過ぎたわずかな時間で方針を決めて、みんながそれぞれ散り散りになる。遠距離攻撃の泉くんが少し離れ、回復役の千代ちゃんと廉くんは森の近くまで下がった。
「ウンディーネ!あれやって、水鉄砲!」
「こっちに引きつけるんだね?やるから、君も少し離れて!鈍臭いんだから、もう、避けるたびに転んで!」
「ど、どんくさっ……」
言い返そうとしたところを勇人くんに引っ張られた。
「ウンディーネの言う通り、召喚師は最前線に立つ職業じゃないよ!しかも俺とチヨみたいな二人旅じゃなくて、剣士が二人もいるんだから!守られる前に離れて自分の身を守るのも仲間の為だよ」
「そ、そっか……」
お荷物になるのは嫌だ。勇人くんの言葉をしっかりと胸に刻む。
「またこっち向いたぞ!」
「なまえ、撃つよ!」
ウンディーネは、鳥の真正面から顔に向けて、水の弾丸を撃ち出す。鳥は首をブルブルッと左右に振って鬱陶しそうにしたが、勢いはそのままに真っ直ぐ突っ込んで来た。
「だあああああああ!!」
鳥が目を閉じていたのをチャンスと見たのか、たじが嘴をギリギリで避けて、叫びながら翼に斬りかかった。鳥が向かってくる勢いと、たじが走りながら突っ込んだ勢いで、少しは傷を負わせられたのか、羽根が舞ってボタボタッと血が落ちた。間近で受ける風圧はすごかったようで、たじは剣を持ったまま数メートル吹っ飛んだ。鳥は耳障りな鳴き声をあげて少し身を捩りながら、さっきまでより遠くまで行っていくらか上昇してから、再び向かってくる。ウンディーネが挑発の水弾を景気良く何発も放ったので、鳥は水と血を滴らせながら立腹の様子だ。
「いくぞっ……」
鳥の通過点になる所に向けて、力一杯弓を構える泉くん。たじも起き上がってすぐに戻ってきて、今は楽しそうにぴょんぴょんしているし、さっきは思わず避けていた浜ちゃんも、今度はしっかりと剣を構えている。鳥がたじと浜ちゃんの元に辿り着く直前、泉くんが放った毒矢は風に煽られて鳥への軌道がずれてしまったが、ウンディーネが水弾を飛ばしてそれを修正した。お尻の辺りに矢が刺さり、再び鳥は大きく鳴く。スピードが緩んだ瞬間に、たじは再び先程と同じ箇所に向けて斬りつけ、浜ちゃんは逆の翼を凍らせにかかった。両翼を攻撃された鳥はきりもみしながら、少し離れたところへ、地面に突っ込むように倒れ落ちた。派手に砂煙が上がる。たじと浜ちゃんも、同じように吹っ飛ばされていた。
「ご、豪快だね……」
勇人くんが隣でぽかんとしていた。
「召喚師くん。自分も戦わないと。何の為のシルフなの?」
「そ、そうか、圧倒されてた」
「見て、すぐ起き上がるよ!」
鳥は体勢を立て直して起き上がるが、翼を庇って飛び立ちはしなかった。その代わりに先程までより大きく長く空に向かって鳴いた。
「うるさっ……」
「ああ、これ、まずい……!」
「な、なにが?!」
「魔法だ!天気が大荒れする前に、いつもこの鳴き声がするんだ……!」
勇人くんの言った通り、さっきまで晴れていたのに突然空は曇り始めた。