翌朝、早く起きたわたし達は最後の力をふりしぼって登山を再開し、昼過ぎにようやく大きな鉄の門を見た。門の手前には、洞窟と同じような魔法陣が描かれている。

「これがバルツァ?」
「うん!魔物が入って来ないように、厳重なの。村はもう少し奥だけど、ここからは整備された道だし、魔法陣と門のお陰で魔物もいないから、楽になるよ」

千代ちゃんはそう言って、鍵を取り出し、門を開けた。門には鍵の他にも通信機のようなものがついていて、少し先に小屋も見えたので、村の人以外はそれを使って入るんだろうなと考えた。

「こんなに風が強いと、村での暮らしも大変だな」
「そうだな、俺達は慣れてるけど、旅人や商人は風にあおられて崖から落ちた話もあるから、気を付けてな」

泉くんの言葉に栄口くんが真剣な顔で答えた。さっきからそういう、一歩踏み外せば崖に落ちるような場所ばかり通っているけど、だいぶ神経がすり減る。そこで生活するのは、それは大変なことだろう。

「村の明かりが見えてきたよ」

栄口くんの言葉に顔を上げると、山道にちらほらと家が見えはじめていた。久しぶりの、宿。

「やったー!ついたー!」
「まずは俺の家に案内するね。狭いけど、親父と俺の姉ちゃんと弟とで宿をやってるんだ。荷物下ろして休もう」
「私は一回家に帰って、後でまた来るね」
「ああ」

途中で千代ちゃんと別れ、わたし達は栄口くんに着いて村を進む。家はどれもレンガ造りでこじんまりとしていた。風に強い設計なんだろう。

「あれが俺の家」

栄口くんが指したのは、他と比べると少し大きいけど、宿と言うには小さな、一階建てのお家。

「うちがバルツァで唯一の宿なんだけど、いつもほとんど客なんて来ないんだ。今も多分貸し切りだから、気にせず使って」

栄口くんに招き入れられ、家に入る。風がないだけで、かなり温かく感じた。入ってすぐのところにあるカウンターに座っていた男の子が、栄口くんを見て嬉しそうに出てきた。

「アニキおかえり!無事で良かった」
「ただいま、父さんは?」
「薬草畑に行ってる。そっちはお客さん?」
「いや、友達だよ。今もどうせ、客いないだろ?何部屋か使うよ」
「え、お金払うよ、栄口くん!」
「駄目だよ、わざわざついてきてもらったんだから!」

弟さんも、アニキの友達なら金なんか、と笑っている。わたし達はちょっと困って顔を見合わせたけど、とりあえずお金の話は後にして、荷物を置かせてもらうことにした。疲れが溜まっている。

「客室は全部地下にあるんだ。全部二人部屋で、六部屋あるけど、一人一部屋使う?」
「いや、三部屋で」
「オッケー。こっちだよ」

カウンターの奥には小さな食堂とキッチン、それに暖炉とソファーのある談話スペースのような場所があって、さらに進むと階段があった。どの家も、風から寒さを凌ぐために、地下に広がっているらしい。なるほど、それであんなに小さな家ばかりあったんだと一人で納得した。

「どの部屋も同じ造りだから、好きなところを使って。上にいるから。あ、鍵も後で渡すから、部屋の番号を覚えておいて」

栄口くんはそう言って、階段を上がって行った。わたしと、たじと廉くん、そして泉くんと浜ちゃんは、それぞれ部屋を選ぶ。部屋は二段ベッドとクローゼット、シャワーだけのシンプルなものだった。地下なので窓はない。わたしは重い荷物を全部二段ベッドの上に投げ出し、下に寝転がった。柔らかい暖かい場所で寝られる、幸せ。

「やば…寝る…」

一瞬にして瞼が落ちてきたけれど、扉を連打される音で妨げられた。

「なまえー!荷物置いたら上行くぞー!」
「わかってるよ、たじ!」

名残惜しいベッドから立ち上がり、軽くなった体で部屋を出る。

「栄口ん家が宿でラッキーだな!」
「でも儲かってないっぽいから、お金払った方がいいよね?ホワイトウルフ退治のお金、まだたくさんあるし」
「食事とかももらうならさすがにな」
「そういえば、お腹、減ったね…」
「だよね!お昼ご飯なかったもんね」

話しながら上に上がると、栄口くんは談話スペースに待っていた。ソファーの前の机にはクッキーと紅茶。

「腹減っただろ。今姉ちゃんに何か作ってもらってる。まあ、座って」
「ありがと!」

ソファーに座り冷えた手を暖炉に向けると、じんわり暖かさが伝わる。

「慣れない登山、大変だったよね。今日は食事したらゆっくり休んで」
「ああ。そうする」
「ところで栄口ってさ、篠岡とはどういう関係なの?」
「ちょっ、田島…!」

みんながなんとなく気になっていたことをズバリ聞いたたじに、泉くんが紅茶を吹き出しかけて、浜ちゃんがあからさまにニヤニヤした。わたしもちょっとドキドキして栄口くんの反応を待つ。

「やだな、あいつはただの幼馴染みだよ!」
「ほんとに?」
「ほんとだよ!それにあいつには、許婚がいるんだ。イイトコの子だからさ」
「い…イイナズケ…」

どうやら千代ちゃん家は、バルツァの中でも裕福な方らしい。

「あそこの家は、代々女が薬師、男が商人で薬屋をやってるんだ。だから職業も生まれたときから、結婚相手も最初から決まってるんだ。でも許婚の商人のやつもいいやつだし、チヨとも仲良いんだ」
「ふーん」
「でも、バルツァには薬師と商人ばっかだよ。ここにしかない高山植物がたくさんあって、珍しい薬が作れるから、だいたいがそれを売って生計を立ててる。うちの父親も薬師だしね。俺は、勉強キライで薬師も商人も向いてないから、別の形でバルツァの役に立ちたくて召喚師になったんだ」

えらいなぁ、栄口くん。やっぱり職業選びって、大切なんだ。わたし達は勝手に決められていたけど。

「栄口みたいなやつが、商人が山をおりるときの用心棒になるってことか」
「そーだね、外から来た人に頼むこともあるけど」
「ユウトーご飯の用意できたよー」
「ありがと!今行く!」

食堂から女の人の声がして、いい匂いもしてきて、廉くんのお腹が鳴った。久しぶりのゆったりとした食事を前に、わたし達は我先にと食事に向かうのだった。
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