途中村はなく、わたし達は野宿を繰り返しながら、バルツァのある山脈までやってきた。歩き続けること、五日間。野球部のみんなは平気みたいだけど、わたしはかなり疲れがきていた。
「ここからは山道になって、さらに歩きにくくなるから…頑張って、なまえちゃん」
励ましてくれる千代ちゃんに元気をもらって、笑顔で頷く。千代ちゃんも薬師なので、廉くんに教えつつ、わたしにも元気になる薬をくれたりする。他のみんなにもいろいろ気遣ってもらったりして、申し訳ないな。
「山道には魔物も出るんだ。だから買い物なんかは、定期的に来る旅の商人や、用心棒をつけて山を下りるとかしないと、難しくて」
「大変なんだね…」
「でも、素敵な村なんだよ!眺めはどの村よりも素晴らしい自信があるし、珍しくて綺麗な高山植物もたくさん咲いてるし!」
千代ちゃんが誇らしげに言った。そんなに大変なところにずっと暮らしている彼女が言うと、説得力があって頷けた。
山を登っていくにつれて、気温が下がってきた。わたしはゆったりした服に腕まで突っ込んで、白い息を吐いた。
「ウンディーネ、寒いよー」
「お湯なんか出せないよ。頑張って、なまえ!」
「もうしばらく行くと、いつも山越えの時に使う洞窟があるんだ。今日はそこで休もう」
「中で火を焚けばだいぶ暖かくなるし、入り口を塞げるから魔物の心配もないの。そこからは、半日くらいでバルツァにつくから」
「辛かったら負ぶってやるぞ!」
「大丈夫!がんばろー」
背中を向けてきてくれたたじに笑いかけて、足に力を入れた。オタオタと心配そうにしている廉くんのことは、浜ちゃんがそっと宥めてくれた。正直きついけど、足でまといにはなりたくない。びゅん、と吹き付けてくる風に涙目になりながらも、わたし達は歩いた。
洞窟に着いたのは、陽がすっかり落ちてから。ぐったりなわたしは一番に洞窟に入って倒れこむ。
「…ん?」
倒れこんだ地面に、何か模様が書いてあった。服汚れちゃうよー、と笑いながら荷物をおろしている千代ちゃんに、それを指差して尋ねる。
「ね、これは?」
「それは、魔物除けの魔法陣だよ。人がいない間に魔物の棲家にされないようにって、そんなに効果が強いわけじゃないけど、描かれてるの」
「魔法陣か〜」
まさに魔法陣という感じの、不思議な文字がたくさん書かれた円形の幾何学模様。魔法陣を描く人は、魔法使い?魔法陣使い?
「さあ、火を焚こう。深夜はもっともっと冷え込むからね」
わたしがどうでもいいことを考えている間に栄口くんが、洞窟の奥から薪を持ってきて、マッチで火をつける。たじと浜ちゃんが入口を岩で塞ぎ、少しずつ温かな空間ができていく。
「結構予定通りに着けたから、分けといた食べ物も丁度みたい」
千代ちゃんが、クラッカーみたいな携帯食糧とドライフルーツを取り出した。パサパサだけど、嫌いじゃない。
「明日はようやくバルツァに着くよ。ここまでお疲れ様」
「俺たちの村を君たちにも見せられて嬉しいよ」
二人が笑う。わたしもつられて、笑った。
「楽しみだね」
「だな」
隣の浜ちゃんもにっと笑って、それから大きなあくびをした。
「今日はもう休もうか…って、もう一人寝てるね」
栄口くんが、食べるものだけ食べて、地面に倒れているたじを見て苦笑い。子どもみたいだ。千代ちゃんがたじに毛布をかけてあげる。明日は、やっとバルツァに着くんだ。固い地面で毛布に包まって寝るのも今日までだ。そうやって言い聞かせて、わたしはごろんと寝転がった。そうしたら、もう眠りに落ちるまで時間はかからなかった。