「あ、あの…助けて頂きありがとうございます」

すとん、と地面に立ったわたしに駆け寄る足音と、可愛らしい声。聞き覚えがある。勢いよく振り返ると、思った通りの女の子がそこに立っていた。

「わたし、チヨと言います。さっきはもう、駄目かと思いました…命の恩人です」
「あ、いやあ…あ、わたしはなまえって言います」

千代ちゃんだった。ゆったりとした着物に武器は見当たらず、やっぱりサポート系なんだろうか、なんて観察してしまう程度には、わたしはここに馴染んでいる。

「大丈夫か?!」
「あ…大丈夫だよ、ユウトくん」

今度は慌てて梯子から降りてくる男の子の声。千代ちゃんが言うとおり、それは栄口くんだった。こちらも攻撃職じゃあ、なさそう。なにより、親近感を感じる。まさか。

「助かったよ。さっきの、召喚だよね?君も召喚師なの?」
「もって…さ、…あなたも?」

出かかった栄口くんという言葉を飲み込む。

「ああ。俺はサカエグチユウト、召喚師なんだ」
「幼馴染みなの」
「なまえーー!!!無事かー?!」

千代ちゃんの言葉を遮るボリュームで、たじが上から叫んだ。そうだ、上からは、この床がはっきり見えないんだった。

「大丈夫、無事だよー!」
「すぐ降りるから待ってろよ!」

とりあえず無事を確認して、梯子を伝わる姿が見えた。蝙蝠もなんとかなっているようだ。ホッとしたのも一瞬、上からばしゃんと水をかけられる。

「ぶっ!冷た!」
「なまえ!ほんとーーに、どうして君はそんな無茶をするの!」
「う、ウンディーネ…ごめんけど、酷い…」
「あーヒヤヒヤした!」
「ごめんなさい!…ねえ、蝙蝠をなんとかして、みんなのサポートをしてあげてくれない?」
「もう!」

ウンディーネはぷりぷり怒りながらも従ってくれる。

「驚いた…君、ええと…なまえちゃん?は、ウンディーネと正式契約してたんだね」

横で一連のやり取りを見ていた栄口くんが呟いた。

「うん、いろいろあって」
「じゃあもしかして、ここにもシルフを探しに来たの?」
「そうなんだ」

わたしがビショビショになった服の裾を絞りながら答えたら、栄口くんはちょっと申し訳なさそうな顔をした。

「実は、たった今俺がシルフと契約してきたんだ……」
「…え?!」

驚いて栄口くんの顔を見た。いやでも、よく考えたらわかること。こんな過酷な場所にわざわざいること、栄口くんが召喚師だということを考えたら、理由はそれくらいしかないだろう。申し訳なさそうな栄口くんに、慌ててフォローを入れる。

「いや、あの、そんなに申し訳なさそうな顔しないで、栄口くん!わたしにはウンディーネがいるし、ほら、正式契約は早い者勝ちだし…ね!」
「でも、見たとこなまえちゃん達は戦い慣れていたし、魔王討伐の旅人だろ?シルフの力はそんな人が使った方が…」
「え、栄口くんと千代ちゃんは魔王討伐じゃないの?」
「うん、私達は違うの。召喚師と薬師だけじゃあ、旅は不安だしね」

苦笑いの千代ちゃん。薬師だったのね。

「俺達は、断崖絶壁の村と呼ばれるバルツァって場所に暮らしてるんだけど、最近の異常気象で暴風や落雷の被害が酷いんだ。空に近い分、気象の変化に暮らしが左右されやすくて…それに巨鳥の魔物も現れたりして。町を守れる、強力な風の力が必要だったんだ」
「そんなの、わたしよりもずっとシルフの力を必要としてるじゃない!」
「でも全ての原因は魔王にあるのに、俺は自分の町を守るだけで精一杯だからさ…」

俯いた栄口くんに、心配そうにそれを見ている千代ちゃん。いい人すぎる栄口くんはきっと、自分の考えに悩みすぎちゃうんだろう。それをずっと見てきた千代ちゃんは、栄口くんが心配なんだろうなぁ。なんて考えていたら、賑やかな声が聞こえてきて。みんながようやく梯子の下の方まで到達したみたいだった。一番下には泉くん。

「なまえ!」
「みんな、こちらは千代ちゃんと栄口くん。薬師さんと召喚師さんだよ」

驚かれる前に先回りして紹介して、今まで話していたことを簡潔にまとめて説明した。

「そっかー、シルフのことは残念だけど、仕方ないな」
「まあ、なんとかなるよな」
「いや!だめだ!」

大きな声を出したのは栄口くんだった。意外な反応に、驚くわたし達。

「やっぱりシルフの力は君たちに役立ててほしい…小さな町を一つ守るためにはもったいない力なんだ。バルツァと同じ思いをしているような町が他にもあったらと思うと、これでよかったのかって不安だった…」
「でもじゃあ、今のバルツァはどうするの?召喚師くん達を待ってる人達はいるんでしょ?」
「ウンディーネ」

話に割り込んだウンディーネは真剣な顔をしていた。

「それにシルフは君を認めた。シルフの意見も聞くべきだよ」
「そっか…そうだよな。じゃあ、まだあんまり扱い慣れてないんだけど…シルフ!」

栄口くんの言葉で周囲の風が小さく渦巻き、やがてそこにウンディーネと同じような大きさ、同じように半透明の女の子の姿が現れた。しかしウンディーネのように自信に満ちた表情ではなく、オドオドした印象。

「シルフ、久しぶり」
「ウンディーネ、久しぶり…それに、そっちの召喚師の女の子も…」
「あ、ひ、久しぶり!前はありがとう、シルフ!」

透き通るような声。わたしが答えると、シルフはにっこりとした。

「シルフ、さっきの話、聞いてた?俺、迷ってるんだ…シルフはどうしたい?」

栄口くんが優しく聞いた。シルフと栄口くんの間で、バルツァの話はしてあるんだろう。シルフは言い淀んだけれど、答えはすでに決めてあるようで、チラチラと栄口くん、わたし、ウンディーネを見比べている。

「わたし…バルツァのことはよく知っているわ、そしてそこを守りたいのはわたしも同じ。でも、ルナを苦しめる魔王を止めたい気持ちも同じ…」

ルナを苦しめる、という言葉が少し引っかかったけれど、シルフが話を続けるようだったので黙っていた。

「どちらの力にもなりたいの。でも、一度には無理…だけど、バルツァの事だったら、わたしがそこに居続けなくてもなんとかできそうなの。一度一緒にバルツァまで来てもらって、事が解決したら、わたし、魔王を止める事にも協力できると思う」

そこまで言って、シルフはわたしを見た。栄口くんがシルフを手放す決意は固まっていたし、ウンディーネもなまえ達で考えて、と笑った。あとは、わたし達の気持ち次第ってところだろうか。
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