「遠いー、あちいー」
歩いても歩いても、神殿が近付いているように思えない。たじがぶつぶつ言い出して、苦笑いした浜ちゃんがわたしを振り返った。
「悪いけど、ウンディーネ呼んでくんねーか?」
「いいよ」
わたしが何かするより前に、勝手に出てきてくれるウンディーネ。
「ウンディーネ、水滴飛ばしてくれ」
「それ浴びてえー!」
「ちょっと待ってろよ、田島。頼む、ウンディーネ」
「いくよー」
ウンディーネがばら撒いた水を、浜ちゃんの抜いた剣が両断する。水滴はそのまま氷になって、浜ちゃんの手に落ちた。
「つっべてぇ!ほら田島!」
浜ちゃんがそのままたじの首の後ろに手を持っていき、氷を首にごりごりした。
「きもちい!けど冷たい!」
たじも元気になったところで、歩くのを再開。魔物もいないし景色も変わらないしで、体力はもちろんだけど精神的にも結構くる。時々ウンディーネや浜ちゃんにクールダウンしてもらいつつも、わたし達は頑張って歩いた。
「そういえば、榛名さんの餞別ってなんだったんだ?」
「あ、食べ物だったら暑さで腐っちゃいそう!」
「見てみるか!」
だんだん飽きてきたわたし達。ちょっと止まって、榛名さんのくれた餞別を開けてみることにした。無造作に縛られた大きめの袋の口を開き、中身を取り出す。
「…笠?」
浜ちゃんが気の抜けた声を出した。出てきたのは、時代劇で侍がかぶっているような、笠のようなもの。
「食い物じゃないのかー」
「でも、これで、影に入りながら歩ける、よ!」
「そうだね。もっと早く開ければよかったー」
「榛名さんも、一言言ってくれればいいのにな」
ブツブツ善いながらも、みんな笠をかぶり、異様な光景ながら、暑さはだいぶ楽になった。やっぱり優しい榛名さんに、違和感。
何時間歩いたかわからないけれど、空が暗くなり始めた頃、わたし達はようやく神殿の前に立っていた。埋まってしまった他の建物に比べ、見上げる程砂から出ているこの神殿は、相当高い建物だったのだろうと想像できる。ぐるりと回りをまわって、一つ中に入れそうな窓を見付けた。
「ここから入れるな」
「気をつけて、下は結構脆いから」
ウンディーネが現れて、忠告する。
「天井は、一階からすごく高い吹き抜けになっているんだけど、ここの辺りからは鐘に続く階段になってるんだ。古い建物だし、しっかりとした柱はないから、暴れないように」
主にたじに向けて、言う。たじは頷いて、一番に入って行った。それに続くのは、わたし。
「すげー埃っぽい」
「あ、階段。あれが鐘に続いてるのね、ウンディーネ」
「そう。シルフは多分、地下かな」
「地下もあるのか」
わたしの後に入ってきた泉くんが言う。さらにそのあとに続いた廉くんが、うわっと声をあげたので近寄れば、床の板に隙間が空いており、下が見えたのだ。想像以上の高さに、背筋がヒヤッとする。最後に入った浜ちゃんも、この剣重いけど大丈夫か、と慎重に足を動かしている。
「ウンディーネ、吹き抜けのところはどうやっておりるの?」
「本当は魔法のエレベーターがあるんだけど、君達の中に魔法使いがいないから、梯子だね」
「梯子〜?!」
この高さを、梯子。思わず身震いした。
「じゃあ、また俺が先に行くな」
「うん、お願いたじ…」
「梯子はこっちだよ」
ウンディーネが床の小さな扉を示した。わたし達は基本的に、初めての場所に入る時は、小回りのきく攻撃型のたじが一番、しんがりも同じく攻撃型の浜ちゃんというパターンが多かった。
「いくぞ」
たじが扉に手をかけ、観音開きに上に開ける。その瞬間、扉から数匹の蝙蝠が飛び込んできた。