「おかえり、どうだったお前ら」

榛名さんが、座り込んだままのわたし達を見下ろしたまま聞いた。

「聖水は持って来れませんでした」
「そうか…なら、試験は不合格だな」

榛名さんの言葉に、しゅんとするわたし達。ブーイングしてくれるギルドの皆さん。その波を割って、一人の人が現れる。

「でもさ、ハルナ。ドラゴンまでは行き着いたんだよ」
「決まりは決まりだ」
「うおっ…」

廉くんも自分で叫ぶのを抑えることができるようになったらしい。出てきたのは榛名さんと同じ学校の秋丸さんだった。

「あの人はアキマルさんって言って、親方の幼なじみの人だよ」
「へ、へえー」
「二人、仲いいんだ。ギルドの中でも、親方に意見できる貴重な人」

こそっと寄ってきた文貴くんが教えてくれる。

「つうか、なんでドラゴンまでたどり着いたってわかるんすか?」
「ああ、あのドラゴンは俺が使役してるから、行動がわかるんだ。聖水を盗られた時以外は、あそこを動かないよう命令してるからね」
「ええー!ドラゴン使いだ!」
「はは、まあ結構珍しい職だからね」

穏やかに笑う秋丸さんは、ドラゴンに言うことを聞かせられるようなすっごい人には見えなかった。ドラゴンなんかそうそういるわけじゃないだろうし、ドラゴン使いもかなり貴重なんだろう。

「まあ、聖水を持たずに出てくるっつーのは、ある意味すごいな。大抵は、聖水を採って出てくるか、採れないし出てこれないかのどっちかだからな」
「あいつ、すぐそこまで来てたよ。てっきりみんなが聖水を持ってるかと思った」
「送ってもらったから、返したんです」
「なんだそりゃ」
「ていうか、みんなどこから上がって来るんですか?ちゃんと戻れるようになってたんすか?」
「ああ、一本だけ、その入口の小部屋の上に続いてる正解の道がある。そういう地形把握ができることも重要だからな」
「とにかく、もう疲れただろう?フミキ、部屋まで送ってあげなよ。詳しい話は明日でもいいだろ、ハルナ」
「…おう」
「了解でーす」

こそこそ側に来ていた文貴くんが指名されて、お疲れ様と声をかけたり背中を叩いてくれたりするギルドの人達の間を通って螺旋階段を上った。秋丸さん優しい、素敵。ボロボロの体を引きずり、文貴くんについていく。

「お疲れ様、無事戻ってきてほんとよかったよー」
「あんまり無事じゃないけどね…」
「水谷達ん時はどんなだったの」
「んー、ドラゴンって邪悪な生き物なんだ。魔物の中でもトップクラスで。んで、俺の光の魔法って、普段は治療やサポート専門だけど、邪悪な生き物には攻撃として効果抜群なんだよね。ドラゴン倒すとこは俺が活躍したけど、道の把握とかは全部二人がやってくれたよ。頭の回転いーんだよね、あいつら」
「そういや、聖水を嫌がったのもそのせいなのか」
「そうそう。あ、みんなお風呂入りたいよね?」

ちょっと話が飛んだけど、すぐに頷くわたし達。浴場は部屋とは別にあるので、連れていってくれるのだ。

「でも俺、なんとなく、みんななら受かるような気がしてたんだよなー。せっかく仲良くなったのに残念」
「うん、わたし達も残念…」
「でもまあ、いつでも遊びに来てくれよ!あ、風呂着いたよ」
「サンキュー」

話が飛びまくりの文貴くんにお礼を言って、それぞれお風呂に入るわたし達。つけっぱなしだった防具などを外し、服も脱ぎ捨てるような勢いでお風呂に入る。湯気とあったかい空気に、なぜか泣きそうなほどほっとした。体を流したら、そこらじゅうにできた傷にしみたけど、気にせず湯舟に飛び込んだ。体が溶けそうだ。しばらく死んだように浸かっていたら。急にばしゃっと顔に冷たい水がかかった。

「ぶわっ!?」
「なまえ!」

声はウンディーネのものだ。

「僕、出てきてもいい?」
「え?いいけど?」

湯気の中現れたのは、いつもの姿より女の子っぽい姿のウンディーネ。確認したのはこのためか。よく考えなくても、わたし今裸だしね。

「なまえの体力が尽きた時、本当にどうしようかと思ったよ。状況は最悪だったのに、ごめん」
「そんな、ウンディーネがいなかったらわたし達みんな、今頃生きてないよ。ありがとう、ウンディーネ」
「無事でよかった、なまえ。でも傷だらけだ」

ウンディーネが悲しそうに笑う。

「力尽きる前に言ったけど、僕はなまえに話さなきゃいけないことがたくさんある」
「あはは、お説教は覚悟してる」
「お説教もだけど、もっと大切な話!まだなまえに体力が戻りきってないから、今はもう消えるけど、もうしばらくはここで休むかい?」
「んー、それはわかんない」
「できたら二人でちゃんと話したい。しっかり休んで、早く元気になってね」

ウンディーネはぱしゃんと消えて、その飛沫が湯舟に落ちた。そういえば、ウンディーネの出す水は、傷にしみなかったような気がする。それはやっぱり、わたしの召喚した聖霊だからなのかな。そんなことより、さっきのウンディーネは、すごく真面目な顔をしてたな。お説教以外の大切な話ってなんなんだろう。気になるけど、話は全部、休んだ後だ。





翌日。昼前まで寝ていたわたしは、ノックの音で目が覚めた。時計を見て、慌てて着替えて部屋を出ると、今日は花井くんと隆ちゃんが迎えにきてくれていた。

「文貴くんは?」
「あいつは仕事中だよ」
「一緒に行かないの?」
「治療の依頼だからな、治療できる奴で集まって行った」
「へぇー」

男の子達もみんな出てきて、向かった先はホール。遅いからか、人もまばらだ。適当な食事を持って席に着く。隆ちゃん達は、当然のように朝食は済ませていたようで、お菓子みたいな軽食を二人で一緒につまんでいた。

「なあ、このギルドって榛名さんが作ったの?」

ふと、思い付いたように浜ちゃんが尋ねた。

「ああ。親方と、昨日のアキマルさんが。元々は二人で旅しててここに来たらしいけど、ここの洞窟のドラゴンや魔物が暴れるようになって街の人が困ってたから、アキマルさんがドラゴンを慣らして、もう危険がないように住み着くことにした…って聞いたな」
「このホールと、この上の階とかは、元々ここにあった屋敷なんだと。そこの家主が一番初めに魔物にやられて、以来空き家だった屋敷を親方が買い取って、ギルドを始めたんだ」
「うわ、なんか生々しいな…」
「親方はここを動かないことになったから、剣士を辞めて鍛冶をするようになったんだ。街の人も親方には感謝してるし、この辺はギルドがなかったから冒険者も助かった」
「すごい行動力、榛名さん」
「だよな。親方はやるって決めたらすげぇんだよ」

このギルドの人は、みんな榛名さんを尊敬し、慕って集まってきたんだろう。確かに榛名さんには、わたし達の世界でもエースピッチャーだったように、どこかカリスマ性があるのだ。

「さあ、食ったな。そろそろ行くぞ」

わたし達のお皿を見て、花井くんが立ち上がった。もちろん行く先は、榛名さんの部屋だ。

相変わらず道は覚えられなかったけど、なんとなく見たことあるなっていう道を通り、今日もちゃんと榛名さんの部屋に着いた。花井くんがノックして、入れ、と返事が返ってくる。

「おはようございます榛名さん」
「おお、昨日はお疲れさん」

いつものように、大きな机で書類を見ていた榛名さんが顔を上げる。書類を置いて真面目な顔で向き直ったので、わたし達も姿勢を正した。

「悪いが、昨日言った通り、試験は不合格だ。今まで特例を認めたことはないからな」
「はい…」
「ただ街にいる間は泊めてやるし、助けにもなってやれる。依頼はやれないが、いつでも顔出せよ」

この素敵な人は本当に榛名さんだろうか。優しさに感動して、ちょっと泣きそうだった。

「ありがとうございます!」
「ああ、あと装備は整えたからな」

榛名さんが、三人の武器を返してくれる。これがあれば、ドラゴンもどうにかなったかもしれないのに。

「他に道具が必要なら言え。しばらくはここで準備していっていいからな」
「ありがとうございます」

もう一度礼をしてから、わたし達は部屋を出た。いつまでいるかはわからないけど、とりあえず今日一日はまだ休ませてもらうことになった。一日ゆっくりすれば、夜にはウンディーネと話ができる程度にはなるだろう。
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