わたし達が持つ選択肢は二つだった、壁をよじ登るか、横穴からなんとかして上に続く道を見つけだすか。もちろん横穴を選んだ。足元の覚束ないわたしは、廉くんがおぶってくれた。ほんとに申し訳ない。ドラゴンから逃げて通ってきた横穴ではない穴から、上に向かって進み、やがて再びあの吹き抜けの場所に出る。下を確認すると、少しだが確実にのぼっている。それを繰り返し、わたし達はゆっくりゆっくり進んでいた。

「なまえ、大丈夫か?」
「大丈夫だけど、まだウンディーネは呼べないみたい…でも、もう歩けるよ」
「ダメ、もしまたドラゴンが来ても走れないだろ」
「まさか、もう大丈夫でしょ…」

ゴォ、と音がしたのはその時だ。忘れもしない、炎を吐く音。わたし達はすぐに走り出した。もちろんわたしは、廉くんに背負ってもらったままだ。音から離れ、聞こえなくなってしばらくしてから、倒れ込むように一息つく。

「っはあ、きっつ!」
「俺ら探してんのかな」
「だろうな」
「ごめん廉くん、大丈夫?」
「だい、じょう、ぶ…」

とは言っても、廉くんの顔には疲れが目立っている。

「三橋、代わろうか?」
「だっ、大丈夫、だよ!浜ちゃん達は、聖水を採りにいってくれた、し…」
「回復はお前しかできないんだから、きつくなったら言えな」
「うん」

こうして見たら、みんなボロボロだ。服も、体も、髪も、顔も。早くここを出て、お風呂に入りたいな。それからウンディーネの説教も待ってる。

「…行くか」
「そうだな」

ずっとここで座って休んでいたいけど、そうもいかない。わたし達は重い腰を上げ、立ち上がった。が。ズン、と地面が揺れた。

「…今のって、」

泉くんが小さく呟いたことは、みんなが思っていることだった。音は近かった。道の先が明るい。あれは、炎だ。赤黒いドラゴンが、見えるところまで来た。その目がわたし達を捉えて、口を開く。翼を開き、低空飛行の姿勢をとる。もう逃げ切る時間はないかもしれない。ウンディーネをどれだけ呼んでも、出てきてはくれない。その時、たじがナイフをドラゴンに向かって投げ付けた。一瞬ドラゴンが怯んだ隙に、たじが立ち上がりみんなの肩を叩く。

「とりあえず走るしかねぇっ」
「お、うん…!」

真っ先に反応したのは意外にも廉くんで、立ち上がりこっちに背を出す。わたしは大人しく負ぶさった。泉くんと浜ちゃんも立ち上がったけど、同時に何かが落ちる音が響く。

「やっべ、聖水…!」

それは聖水のビンで、慌てて追い掛けようとした泉くん。しかし、ビンの向かう先がドラゴンの方だったので、立ち止まって様子を見た。ビンはコロコロと転がり、ドラゴンの足に当たって止まり、そして運悪く蓋が空いてしまったのだ。当然、聖水は流れ出す。どうすることもできず見ていたら、ドラゴンは聖水が触れる直前、足を上げてそれから逃げた。その一瞬の隙に、泉くんがビンを拾う。半分ほどに減ったけれど、聖水はまだ残っていた。

「逃げろ!」

再び走り出すわたし達。ドラゴンは聖水が触れたかもしれない方の足を何度も振って、水を飛ばすような仕種をした。

「ドラゴンは聖水が苦手なのかな」
「えっ?あ、みたい、だった…ね」
「うわ、でももう追ってきた!」

おぶってもらっている廉くんの耳元で話す。ドラゴンが苦手な聖水を守るのは、どうしてなんだろう。考えても、当然わからない。わたしがくだらないことを考えている間にも、追いかけっこは続いていた。しばらく見ていて気付いたけれど、曲がり道に来るとドラゴンは、炎でどちらかの道を塞いでいるようだった。そうしてやがて、わたし達は横穴の出口に追い詰められていた。一番上、わたし達が落とされた床の仕掛けらしい物は見えるほどになっていたが、もちろん届く距離ではなく。逆に下は見えないほどになっているので、飛び降りて逃げることもできず。そして、唯一の道の先には、ドラゴンがいる。

「誘い込まれた、のか…?」
「多分…そんな感じだった」

ドラゴンは余裕を持って、ジリジリと近付いてくる。今度こそゲームオーバーを覚悟した。そんな中、泉くんからビンを奪ったたじが、ドラゴンの前に進み出た。驚きと恐さとで、何も言えないわたし達。

「なあ、聖水を返すよ」
「?!」

突然ドラゴンに話しだしたたじ。確かにドラゴンは、道を把握して追い込んだり、すごく賢い。でも、言葉を理解できるのだろうか。ドラゴンは動きを止めて、様子を見ている。

「だから、見逃してくれよ」
「田島?!」
「だって命のが大切だろ!」

ドラゴンは動かない。たじはビンを持って、ゆっくりゆっくりドラゴンに近付く。そして、十分ドラゴンに近付いたとき、いきなりビンを開けて中身をドラゴンにかけた。鼻の頭に聖水を喰らったドラゴンは、すごい声で吠えながら悶えた。その隙に、たじはドラゴンの背に飛び乗り、頭の上まで移動する。ドラゴンは振り落とそうと頭を振ったが、角にしがみついたたじは落とされない。

「ちょっ、たじ…」
「どーだドラゴン、こっちにはまだ聖水が残ってる。俺達を上の出口まで運んでくれるってんなら、聖水は返すけど?」
「ヒデー…」

ドラゴンは血走った目で頭上のたじを睨んだが、たじはビンをちらつかせた。自分の頭の上では、炎も吐けない。

「どうする?」

吐き捨てるように口から少し炎を漏らしてから、ドラゴンはわたし達に背中を差し出した。たじが嬉しそうに手を振っている。わたし達は顔を見合わせてから、恐る恐る背中に乗った。ごつごつの赤黒い皮膚は、見た目通りの触り心地だ。このときばかりは、ドラゴンの賢さに、心から感謝した。

ドラゴンは翼を広げると、穴から飛び立った。スピード感に、さっきまで怖がっていたわたし達も興奮する。ドラゴンはあっという間に一番上にたどり着いた。暗くてよく見えなかったが、わたし達が落ちた仕掛けの隣には大きな穴が空いていて、ドラゴンはそっちに体を寄せた。一番に泉くんがよじ登る。

「扉がついてる…あと、ロープみたいのが山みたいに積んである。多分、降りる用かな。相当長いみたいだ」
「敵は?」
「いねー。つーかかなり狭いかな」

安全確認したあと、フラフラのわたしも持ち上げてもらうようにしてはい上がる。扉はどうやら、最初に文貴くんが開けていた扉のようだ。わたし達は結局、扉の前に並んだ状態で落とされたんだった。扉から入れば、ちゃんと降りるロープが用意されてたのね。廉くん、浜ちゃんと続き、最後にたじが穴から出てくる。しかしそのたじの背中を追うように、ドラゴンが穴に顔を突っ込んできた。大きいので、ギリギリ目が見えるくらいまでしか入っていないが、ギョッとした。

「あ、たじ、聖水は?」
「そうだった」

たじはビンをドラゴンの口にそっとのせた。ドラゴンはたじを睨みつけた後、ゆっくり頭を穴から抜いて、暗闇の中に飛び去って見えなくなった。

「結構いい奴だったんだな!」
「いやいやもうめっちゃ怖かった!」
「いいから早く終わらそうぜ…」
「試験…不合格、だね…」
「まあギルドに所属しなくても、今までだってやってけたし、死ぬより全然マシだろ!」

浜ちゃんが明るく纏めて、鉄の扉を押した。しかし扉はびくともしない。

「浜ちゃん…それさっき横開きだったよ」
「なんだよ浜田、今ボケとかいらねーぞ」
「う、うるせーな!」

浜ちゃんは照れながら再び扉に手をかけた、が、手で動かすより先に、扉は重い音をたてて開いた。一番に、片手をレバーに、もう片手を腰にあてた榛名さんがわたし達を見下ろしているのが見えた。その後ろに隆ちゃん、花井くん、文貴くん。さらにその後ろには、たくさんのギルドの人達。わあっと歓声があがり、なんだか力が抜けて、しばらくわたし達は立てなかった。
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