飛び出した四人のうち、ドラゴンは真っ先にたじに目をつけた。それを受けてたじが、これ見よがしにナイフを振りかぶって、ドラゴンに向かう。その隙に、泉くんと浜ちゃんがドラゴンの脇のすき間にに飛び込んだ。
「やった!」
喜んだのも束の間、ドラゴンはすぐに標的を変えて、尻尾を振り回した。すでに二人は影に入ってしまい見えないけれど、悲鳴や声が聞こえないので無事と信じたい。
「ウンディーネ!援護だよ!」
「無理しないでよ?」
「なまえ、ウンディーネ、火がくる!頼む!」
たじが猛ダッシュで戻ってきて、間髪入れずに熱風、猛火が飛んでくる。ウンディーネの水で対抗したけれど、少しだけ立ちくらみがした。ウンディーネがはっとしてこっちを見たので、人差し指を口にあてる。言ったらたじは一人で立ち向かうだろうし、泉くんと浜ちゃんも危ない。ギリギリまで、黙っておこうと決めたのだ。
「おっしゃ、行ってくる!」
たじは再び、ナイフを持って向かう。ドラゴンは、奥へ入った二人が気になるようで、尻尾に意識が行きがちなようだった。たじも、少し戦いやすそうだ。それにしても、ドラゴンはこっちに背を向けることをしない。今守るべきは、聖水だろうのに、たじに向き合うのは、どうしてなのか。
「なまえー!火、火!」
「え、あ、」
「任せて」
「サンキュー、ウンディーネ!なまえ、ぼーっとすんなよ!」
「ごめん、気をつける」
ウンディーネが不安げにわたしを見た。
「大丈夫、ありがとうウンディーネ。助かった」
「うん…僕は、なまえに従うよ」
しばらく、たじが切り掛かってウンディーネが火を避けて、というのが続いた。答えの出ない不安な気持ちは取り除けないけれど、考え事に集中はできない。そろそろ額に汗が滲み出始め、立っているのが辛くなってきた頃、転がるように泉くんと浜ちゃんが出てきた。ドラゴンはすぐに二人に狙いを定めたが、たじがドラゴンの顔に向かって切り掛かったので、なんとかわたし達の元まで辿り着いた。
「聖水は?」
「採った!逃げよう!」
それを聞いて、わたし達は一斉に、廉くんの待つ角まで逃げ込んだ。もう泣きそうな顔をしていた廉くんは、全員一緒に戻ってきたのを見て、力無く笑った。
「みん、な!」
「ちゃんと、榛名さんの指定のビン一杯に採ってきたぞ!」
「あとは逃げることを考えないと…」
「それが一番難題だな」
「ほん…と…」
「どうした?浜田」
口をパクパクする浜ちゃんの視線を辿ったら、角からギョロリと覗く黄色の目と視線がかちあった。一瞬頭が空っぽになり、腰が抜ける。しかも、なんとなく、地面が、揺れている?
「やばいぞ!」
ドラゴンの後ろの天井が、大きな音を立てて崩れ落ちた。ドラゴンが吠えながら、こっちに向かって走り出す。
「走れー!」
「言われなくてもー!」
全力で駆け出しながら、わたしはぼんやりと考えた。多分元々、あそこの天井は、ドラゴンが支えていたんだろう。全く体の方向を変えたりしなかったから、あそこだけ脆かったのかもしれない。泉くん達を閉じ込めなかった理由はわからないけど、多分中に人を残して聖水を使われることを防ぐためとかじゃないかな。もっと考えたいことはあったけど、足元がぐらついて、全部吹っ飛んだ。転びかけたわたしの腕を、廉くんが掴まえてくれる。
「あ、りがと…」
「オ オレ、戦えなくて、体力は、いっぱいだから…辛かったら、言って、もらえたら…その…」
どんどん声は小さくなっていたけど、わたしを支えて引っ張ってくれる手は力強い。ぎゅっと顔を引き締めると、廉くんの手を振り払って、ちゃんと手と手で握り直した。
「ありがとう」
「う、あ…うん」
廉くんは照れ臭そうに視線をそらした。
「ウンディーネ、」
「何?」
「援護して。ドラゴン、結構速くて」
「もう無理だよ。なまえが倒れちゃう」
「まだ、まだ大丈夫だから」
「…もう!無事にここを抜けれたら、僕はなまえに言いたいことがたくさんあるよ!」
「ありがとウンディーネ」
怒りながらもウンディーネは、細く鋭い水鉄砲を、ドラゴンの目に向かって放つ。わたしの足がぐらついて、廉くんがすぐに振り返った。
「廉くん走らないと!ドラゴンがちょっとひるんだからチャンスだよ!」
「う、」
ぐん、と腕だけで廉くんを前へ引っ張ると、そのままの勢いで廉くんは走った。今度はわたしが引っ張られる。
「一回あいつ振り切らなきゃ、なにも考えられないぜ!」
「細い道を探そう、あいつが入って来れないところなら時間が稼げる」
たじと泉くん。細い道なら何度かあったし、今度もまたすぐに見つかった。
「なまえ、先に通れ」
「え、」
「迷ってる暇はねーぞっ!」
「ぎゃあっ」
たじに、人一人通れる細い道に放り込まれた。急いで這って進み、広いところを目指す。狭くて暗い道は怖い。先がなかったら…なんて、考えたくないけど。
「ね、ねえ廉くん、ドラゴンは?」
「え?ど、どう、かな、泉くん」
「どうだ?浜田」
「田島、大丈夫か?」
「やべー!早く進め!」
「うそ!」
伝言ゲームは、最後尾のたじからダイレクトに返ってきた答えで終わった。速度を上げたけれど、急に体が重くなる。這って下についている手が震える。
「ウンディーネが炎を食い止めてくれてる!」
「うん…うわっ」
重い腕を無理矢理前につこうとした時、地面がなくなって、そのまま体が前につんのめった。手が出ていたから、顔から落ちるという最悪の事態は避けられたけど、もう動けないくらい全身が重い。みんながおりてくると思って、なんとか転がって少し移動して、周りを眺める。広い空間で、塔のようにずっと上まで吹き抜けで、一番上が見えない。上の方の岩壁には、今わたしが落ちてきたような横穴がいくつも開いていた。
「なまえさん!」
「大丈夫か?」
たどり着いた廉くんと泉くんに駆け寄られる。笑顔を作っても、起き上がれず、決して大丈夫に見せれる状態ではなかった。
「ごめん、立てない…」
「いや、こっちこそ、ごめんな。戦うのはウンディーネばっかりで、何もできなくて」
「そんな、武器がないんだから仕方ないよ」
浜ちゃんとたじも合流して、わたしは浜ちゃんに支えられなんとか上半身を起こした。これほどまでに、へとへとになるなんて、思ってなかった。
「とりあえずドラゴンはまいたから、脱出方法を考えなきゃな」
「思うんだけど、もしかしてここって最初に落ちてきた大穴じゃないか?」
「オレも思った!」
確かに、たくさんある横穴のうちの一つがわたしと泉くんが引っ掛かった横穴という可能性もあるし、ドラゴンを倒すためにひたすら下に下がっていたから一番底にいるのも頷ける。
「でも、ここを一番上までのぼるとなると、なあ…」
「ごめん、ウンディーネの水は期待しない方向で考えてもらえると…」
「わかってるよ、ここまでありがとう」
「三橋、なまえになんか薬作ってやれねーかな?」
「う、ん…やってみる」
わたし達は輪になって、話し合うつもりだったけど、話すことが出てこない。まあ、さっきまで緊張のピークの中にいたのだし、少しは休憩も必要だろう。わたしは、申し訳ないけど浜ちゃんに体重を預け、目を閉じた。