「あ、そういえば、シルフのいた場所を思い出したよ」

ウンディーネが、わたし達の前を進みながらくるりと振り返った。しょうもない話も途切れて、なんとなく一週間の時間割なんかを思い出そうとしていたわたしの頭に、ウンディーネの言葉が浸透するまでに少し時間がかかった。

「シルフ?」
「前に話してたじゃないか。風の精霊だよ」
「…ほんとに?!」
「風の精霊って、ゴーレムの時助けてくれた?」
「そうそう!」
「前に僕が会った時は、確かバルルーメ遺跡にいたんだよね」
「バル…んん?何?」
「バルルーメ遺跡。まだいるかはわかんないけど、シルフは引っ込み思案な女の子だから、変わってないかも」

ウンディーネは後ろ向きで進みながら言った。

「女の子って、精霊にも性別あんの?」
「わたしも思った!」
「あー、別に決まった性別はないんだけど、そっちの姿してる方が多いってだけだよ。僕らには決まった形自体ないし」

言いながら、片手をぐにぐにと水に戻して、そこに花の形を作って見せるウンディーネ。確かに、体が水でできているなら、女の子にも男の子にもなれるよね。
「でも一応僕らにも、生まれた時の姿っていうのがあるんだ」
「生まれた時の姿?」
「例えば僕、男の子か女の子どっちに見える?」
「オトコノコ」

わたしと泉くんの声が揃った。

「でしょう?でも僕は、生まれたときは女の子の姿で生まれたんだ。男の子の姿の方が造形が楽だから、男の子の姿をしてるだけ」
「へぇ、そうなの!」
「他にも、ヒトの姿じゃなくて獣の姿で生まれる精霊もいるよ」
「じゃあさ、精霊ってどうやって生まれんの?」
「んー、そうだな…僕ら精霊は五体の下位精霊と、二体の上位精霊と、あとキングがいるって前に話したよね?」
「うん、聞いた」
「下位精霊はみんな、上位精霊の内の一人、光の精霊ルナから生まれたんだ」
「へぇー」
「ほぉー」

さっきからわたし達は感心する言葉ばっかりである。

「キングが光の精霊ルナと、影の精霊シャドウを創って、ルナは僕ら精霊を、そしてシャドウは魔物を生み出した」
「えっ、魔物を?」
「今は異常繁殖して困ってるけど、最低限の魔物は必要だったんだよ」

ウンディーネはまた正面を向いた。

「じゃあ、キングっていうのはどうやって生まれたの?」
「キングは生まれたんじゃなくて、いたんだ。僕らがそれぞれ自然界の何かを司ってるように、キングは世界を司る。キングは世界ができたときに生まれたんじゃないかな」
「なんかすごいのな、キング」
「キングも召喚できるの?」
「どうだろうね、今まで契約した人はいないけど。実際のところ、僕もキングについてはよく知らないんだ」

謎だなあ、キング。名前もキングって言うのかな。とりあえず、わたしはキングを神様的な存在として認識した。

「ところで、シルフがいるとこなんつーんだっけ。バル、バル…」
「バルルーメ遺跡、だよ」
「そう!この試験終わったら、そこも行ってみようぜ。たくさん召喚できるのに越したことないし」
「いいの?」
「ただ、場所がわかんねーよな」
「今いる街から見たら…南東になるかな?ちなみに、魔王の城は北だよ」
「うーん…多分、榛名さんに聞いたらわかるよね」

遺跡っていうなら有名そうだし、きっと誰かは知ってるだろう。

「ていうか、何にも出てこないけど、どうなってるのかな?逆に不安」
「確かにな」
「出てこないのは有り難いけどさ、不気味だよね」

歩きはじめてどのくらい経ったんだろうか。意識してなかったけど、もう30分くらいは経ったかな。こっちの世界に来てから、すっかり時間を気にすることがなくなってしまった。

「あっ」

ウンディーネが急に声をあげて、止まった。わたしと泉くんも立ち止まる。

「噂をすれば、かも…」

そう言ってウンディーネは、仄かに光る腕で道の先の天井を示した。ゾッと鳥肌が立った。ウンディーネの腕すれすれにたくさんの糸が張っていて、ゴソゴソと何かがうごめいている。無意識に手をギュッと握ったら、泉くんも握り返してくれたので、少しだけ落ち着いた。何かの正体はすぐにわかった。

「クモ…だよね」
「クモ、だな…しかもデカい」
「む、無理…気持ち悪い…」

一歩後ずさる。クモはゴソゴソするものの、まだこっちに向かっては来ない。

「量が多いからナイフはきついか…」
「相手が天井にいたら、水も分が悪いかな。でも、道は一本だよ」
「引き返すっ!」

わたしが踵を返そうと動き、足元の砂がじゃりと鳴ると、クモの動きが一気に活発化した。ドキリとして動きを止める。

「なまえ、静かに振り返れ…背中向けねー方がいい」

わたしは頷いて、ゆっくりゆっくり振り返った。どうやら彼ら、音に反応しているらしい。進んでも逃げても音は鳴る。それなら、進んだ方がいいだろうか。この道が合ってるかもわからないし、逃げた方がいいだろうか。駄目だ、こういう時に限って決められない。しかし、泉くんがわたしの腕をぐいっと引っ張った。

「行こう。強行突破だ!」
「えええええ!」
「大丈夫、俺が守る!」

どうしてそんな無責任なことが言えるの、ついさっきナイフはきついって言ったとこなのに。と、思いながらも、引っ張ってくれる手に妙な安心感を感じて、わたしはされるがままに走った。天井から聞こえるたくさんのクモの動く音は、できるだけ聞かないようにしながら。
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