「もう!出発直前にこんな大怪我すんなよなー!」
「お前ら、ミズタニがいるからって思って無謀な戦い方してっと、後々苦労するぞ」
「いちいちうるせーな阿部、わかってるよ」
「大体、薬師がいるんだから、いい薬作れるように、材料採りにいってやるとかしろよ」
「そういうもんなのか?!三橋ごめんな!」
「あ、や、オレは全然…!」
「こっちでも阿部は三橋贔屓だな」

ぽそりと泉くんが呟いて、わたしが苦笑いする。ここは文貴くん達の宿で、たじの腕の治療のために、わたし達は真っ先にここにきた。どうやら骨が折れているのを再生するには、文貴くんの魔法でも痛みが伴うらしく、たじはさっきまで絶叫していた。

「タジマはしばらく安静にしてろ」
「えー!もう平気!」
「だーめ!」
「その間にお前達は買い物行ってきな」
「あ、うん、ありがとう花井くん」

行きたがるたじに手を振り、宿を出る。たじが欲しがってた剣と防具は買っていってあげよう。




「大体済んだな」
「他に買うものは?」
「矢買ったー」
「や、薬草買ったー」
「剣買ったー」
「着替え買ったー」
「非常食買ったー」
「よし、戻るか!」
「明日に備えて早く寝よー」

最後にたじを引き取って、わたし達は自分達の宿に戻った。結局最後まで、あの怖い宿から移れなかったけれど、一週間ほど暮らすとやっぱり少し愛着が湧く。最初はビクビクしながら浴びてたシャワーも慣れたもので、今日はいつもより少し長く浴びた。窓の外に見える出店は、昼と変わらないほど賑やかで明るい。夜中にたどり着いた旅人も一緒になって、丸一日賑やかなのだ。その向こうの森は、ただひたすら真っ暗で、端の方は夜空に融けて境界がわからない。隆ちゃん達は、あの暗い森で戦っているのだ。昼間でも光の差さない魔物の巣窟。なんだか考えていたら背筋がゾクッとしてきたので、明日の荷物の確認を急いで済ませ、ベッドに潜り込んだ。




その夜、わたしは不思議な夢を見た。いや夢じゃなかったかもしれないけれど、夢じゃなかったら怖いので、夢ってことにした。深夜、妙な肌寒さで目が覚めたわたしの枕元に、誰かが立っていたのだ。わたしはその時、生まれて初めて金縛りにあった。首を動かしたくても動かせなくて、誰がいるのか確認できない。ぼんやり見えたのは足だけ、背はこどもとおとなの中間くらいのようだった。その人はわたしの耳元に顔を寄せて、囁くような小さな声で何か言う。でも、声があまりに小さいのと、雑音が混ざって聞こえるのとで、聞こえない。何度も繰り返し、何かを訴えられるが、全部聞こえない。必死に耳を澄ましていると、急にしんと辺りが静まった。

「…みを…待っている…」

囁くような小さな声、今度はなんとか、切れ切れだったが聞き取れた。しかし、声の主がさらに何かを喋ろうとした時、突然窓から黒いものが流れ込んできた。逃げたい逃げたい逃げたいと思っても、体が動かない。黒いものは枕元に立っていた人を包み込み、再び窓から出ていく。それが消えてしまう間際、もう一度囁くような声がした。

「わたしの名は、」

そこでわたしは気を失った。そして次に気が付いたときには、もうその続きを、どうしても思い出せなかった。

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