最後の特訓ということで。わたし達は調子に乗って、いつもより深い森までおりていった。途中途中で出くわす獣を余裕で倒し、ずんずん進む。そうして、太陽の光が一筋だけ差す薄暗い場所まで来たところで、一度足を止めた。

「なんにも出てこねーな」
「やっぱり、朝だし…」
「待って…何か、聞こえ…ない?」

廉くんが怯えた表情でキョロキョロした。わたし達も耳を澄ます。確かに、何か聞こえる。ズズズズ。足音というよりは、草の上を這うような。わたし達は咄嗟にお互いに背中を合わせ、自らの足元に神経を集中させた。何もいない。静かに待つ。音はまだ聞こえる。近付いてきている。ガサッと新しい音がした。揺れたのは、わたしと泉くんの正面の草むら。じっと見つめて、泉くんは弓の狙いを定める。しかし音はそのまま離れ、またズズズ、だけになる。もう、来るなら早くしてよと思うような緊張の中、今度は反対側の草むらから音がした。たじと浜ちゃんが緊張する。と、急に辺りが暗くなった。差していた一筋の陽光が遮られたのだ。はっとして、一番に上を見上げた廉くんが声にならない叫び声をあげ、両隣の泉くんと浜ちゃんの肩を叩いた。見上げた二人も、うわっ、とよろめいた。

「だ、だ、大蛇だ!」

わたしも上を見ると、ながーい黄色っぽい牙を剥き出しにして笑う、大きな蛇と目が合った。ギラリと光る黄色の目と、ぬらりとした硬い深緑の鱗。ぞわりと鳥肌が立った。けれど、たじがわたし達を思い切り突き飛ばしたことで、わたしと蛇の間の視線は途切れた。たじの横だったわたしと浜ちゃんは、ドミノ倒しのように泉くんと廉くんを巻き込んで、地面に倒れた。何するの、と言う直前、頭の上を何かがかすめる。次の瞬間、たじは大蛇に巻き付かれていた。両側の草むらから音が聞こえたのは、大蛇の胴体だけがわたし達を囲むように這っていたからだったのだ。

「たじ!」

剣を構えていた腕ごと巻き付かれて、身動きのできないたじ。苦しそうな表情に、わたし達は一斉に大蛇に襲いかかった。

「ウンディーネ!蛇を窒息させられる?」
「わからないけど、やってみる」

ちゃぷんと空中に現れたウンディーネは、蛇に向かって水の塊を投げつける。それは見事顔に張り付いた。けれど、そのせいで蛇が暴れ、余計にたじに負担がかかってしまったので、慌てて剥がした。

「俺が目を狙う!浜田となまえで凍らせて、動き止められるか?」
「わかった、やってみる!」
「ウンディーネ、大丈夫?」
「もちろん!」

ウンディーネはクルクルと空中に輪を描き、水のループを作り出す。

「僕がこの水をかけた瞬間に、氷の剣で切り掛かってね、魔剣士さん」
「わかった」

浜ちゃんは青い宝石を確かめると、きゅっと剣を握り直す。ウンディーネがわたしの方を向いたので、わたしは大きく頷いた。ウンディーネは腕を振り上げると、大蛇に向かって振り下ろした。水の帯が、たじを避けて、しかし蛇の全身にかかる。浜ちゃんが力強く握った剣で、それに切り掛かった。パキパキと音がして、蛇は凍っていく。

「泉くん…これ、使って!毒薬、だよ!」
「お、サンキュー三橋!」

廉くんが軟膏状にした毒薬を泉くんに渡した。泉くんは取り出した矢にそれを塗ると、しっかりと蛇に向かって構えた。たじは随分ぐったりとしてきている。凍り付いた蛇の顔に向かって真っ直ぐに飛んだ矢は、狙いを違わず目に刺さった。蛇は氷を砕いてしまうほどの勢いで暴れた。今度はたじごとではなく、締め付ける力を緩めて暴れたので、たじは反対側の草むらに投げ飛ばされた。駆け寄ろうとしたけれど、蛇が尻尾を振り回すので、なかなか行くことができない。廉くんが尻尾の間を縫って、いつものよりも強力な回復薬を投げた。相変わらずのいいコントロールで、見事反対側の草むらに落ちる。でも、たじが気付くかどうか、それ以前に意識がちゃんとあるか不安だ。

「大人しく、しろっ!」

浜ちゃんが、今度は炎の石に切り替えて、剣を振りかぶる。鱗は硬く、切り付けることはできなかったけれど、ジュッと焼ける音と臭いがした。蛇は焼けたところを庇いながら、奥へ逃げていった。

「たじ!」
「田島!」

わたし達はすぐに草むらに駆け寄る。たじは草むらの中で片手を上げた。

「だ、大丈夫?」
「おう!三橋、薬ありがとな!」

たじは右手の中の袋を揺らしてみせる。その笑顔に、わたし達はみんなホッとした。

「でも実は、左腕がハンパなくイテー」
「えっ」
「締め付けられた時にミシミシ言ってて、しかも飛ばされたとき左から行ったから」

折れたかも、と左腕を庇いながら草むらから立ち上がるたじ。泉くんが、飛ばされていた剣を拾ってきて、たじの右手に渡した。

「たじ、ありがとう」
「お前らに怪我なくてよかったよ!三橋の薬で痛みもちょっと和らいだし。つーか、腕は水谷に治してもらえばいいし」
「そうだな。早いとこアルフに戻って、水谷んとこ行こう」

わたし達はたじを囲むような形で森を抜け、アルフへの道を急いだ。森から出てみれば太陽は高く、暗さに慣れた目には眩しい。ちょうど、お昼ぐらいのようだった。

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