水の勢いで離れてしまった泉くんや、どうなったかわからないたじ、浜ちゃん、廉くんを探そうとしたけれど、それどころではなかった。どんどん流されているのがわかる。でも不思議と、水は傷にしみたりしなかった。

「ねえ」

耳元で子どものような高めの声がした。激しい流れのせいで目を開けられないけれど、人の気配はない。でもはっきりと声は聞こえた。

「返事はできないでしょ、しなくていいよ。聞いてて」

本当に水の中なのかという程、はっきりと聞き取れる。わたしは大人しく続きを待った。

「僕はあの洞窟に住んでいた水の精霊。狼に洞窟を奪われて、ずっと困っていたんだ。僕一人では、たくさんの狼を倒せない。召喚師の力が必要だったんだ」

水の精霊は、一度言葉を切った。

「召喚師は君の他にもやって来たようだった。でも、想いが足りなかった。契約を交わしていない召喚師の元でも僕が力を発揮できるのは、強い想いを感じた時だけだから」

わたしは目を閉じたまま頷いた。水の精霊が少し笑ったような気がした。

「さあ、契約をしよう。君の名前は何て言うんだい?」

ざばっ、と頭が水から出た。洞窟の天井すれすれのところだ。精霊の姿も、みんなの姿も見えない。

「君の名前は?」
「…なまえ」
「なまえだね。じゃあなまえ、僕の名前を呼ぶんだ。わかるだろう?」
「え、ええと…」
「さあ早く、出口は近いよ!」

早くと言われても名前なんてわからない。図書館で見た本にも載っていなかった。

「頭に浮かんだ名前を言うんだ。召喚師は僕の名前を知っているはずだよ」

精霊が急かす。名前、名前、と考えていると、微かに明かりが見えた。このままの勢いで外に放り出されるのだろうか。名前がわかればなんとかなるのだろうか。考えれば考えるほど何も思い浮かばない。光が近くなる。

「早く!」

その時突然、わたしは名前を思い付いた。まるで元々知っていたみたいな感じだった。

「…ウンディーネ!助けて!」

ザッパーン、とわたしは洞窟の外に出た。突然たくさんの光を浴びて、思わず目を閉じる。衝撃はない。そっと目を開けると、洞窟の入口から水の壁で囲まれた、プールのような所にわたしは浮かんでいた。ゆっくりゆっくり水位が下がって、足が地面に着く。周りを見れば、みんな気を失って倒れていた。慌てて駆け寄ろうとしたけれど、突然目の前を何かが横切り、立ち止まる。

「落ち着いてなまえ、君の仲間は死んでない」

足のない、全身水色の小さな子どもが、わたしの目の高さでゆらゆらと浮いていた。よく見ると、体は液体状なのか、透けている。男の子か女の子かと言えば、男の子っぽいけれど、判別はできない。

「ありがとう、ウンディーネ」
「こちらこそありがとう、なまえ。君のお陰で狼を退治できたよ」

ウンディーネはにこりと笑った。その言葉にわたしはきょろきょろと辺りを見たけれど、ホワイトウルフの姿はない。あんなに大量にいたのに。

「狼は沼に沈めちゃったよ」

ウンディーネがぱしゃんと手を叩くと、水の壁が崩れ、湖や木々などが現れた。霧は晴れていて、来たときと比べると随分明るい印象になっている。ただ湖は濁ったままだった。ウンディーネによると、これは湖じゃなくて沼らしい。

「契約は成立だ。これからは、呼んでくれたらいつでも助けに行くよ。よろしくね、なまえ」
「うん、よろしく、ウンディーネ」

ウンディーネは最後にもう一度にこりと笑って、ぱしゃんと消えた。わたしはそれを見届けてから、倒れているみんなに駆け寄ろうとした。だけど、急に目が霞んで、足元がぐらつく。あ、血が足りないんだった。わたしは浜ちゃんの隣に倒れて、気を失った。

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