綱海が沖縄を離れることになった。雷門中という学校の、イナズマキャラバンという乗り物に乗って、宇宙人とサッカーで戦うらしい。よく意味がわからなかったけど、綱海はわたしに嘘を吐くような人ではない。その綱海から、さっき、メールがきた。

「出発する前に、どうしても言いたいことがある。明日の午前8時に大海原中に来てほしい」

いつもはノリノリな綱海のメールだけど、今日はびっくりマークも何もない。そんなところで、綱海は真剣なのだと感じた。遠くに行ってしまう綱海が、出発の前にわたしに伝えたいこと。一体なんだろう。わたしは「わかった」とだけ返信すると、携帯を閉じて、布団に寝転がった。




翌朝、なんだか緊張したわたしは、5時に起きてしまった。いつも日曜日はお昼まで寝ているわたしにとっては、びっくりな出来事である。それからわたしは、デートでもないのに、真剣に着ていく服に悩んだ。会えないしばらくの間、今日の服が綱海の中で印象に残ってしまうかもしれないのだ。ようやく服を選んで、朝ごはんを食べると、まだかなり早かったけれど、わたしは携帯だけ持って家を出た。

綱海がいつもサーフィンをしていた海辺や、綱海が一番好きな場所だと教えてくれた灯台の下なんかを散歩していたら、時間はすぐに過ぎた。日曜日の朝の、人気のない道を、わたしは一人歩いて、大海原中に向かった。




門を入ってすぐのところに綱海は待っていた。

「おはよう、綱海」
「おっす、なまえ!」

綱海がニッと笑った。わたしの大好きな、沖縄の太陽のような笑顔だ。それだけでちょっと泣きそうになったわたしの目の前に、綱海は大きな包みを差し出した。

「え?」
「これさ、お前にやるよ」

まさかプレゼントをくれるなんて。一層、目の奥があっつくなる。今まで綱海がわたしにくれた物っていえば、近所の男の子にあげるバッジを作るついでに作った、小さな貝殻のブローチ一つだ。それでもわたしは、そのブローチをずっと大切に大切に持っているのだけど。

「ありがとう、綱海…」
「そんな泣きそうな顔すんなよ」

綱海の大きな手がわたしの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。そんなことされたら余計に泣いちゃうと思いながらも、わたしはぐっと涙を堪えた。

「それで、言いたかったことって、なに?」
「ああ、それなんだけどさ…」

綱海が話を始めようとしたとき、どこかでバタンと音がした。一旦話を中断し、きょろきょろと辺りを見ると、サッカーグラウンド脇にイナズマキャラバンが停まっていて、女の人がこっちに向かって歩いてきていた。さっきの音は、キャラバンの扉を閉めた音だったみたいだ。

「瞳子監督だ」
「監督さん?」
「ああ、女の人なんだ」

女の人で、日本一の中学のサッカー部の監督、なんて、かっこいい。そう考えながら監督さんを見ていたら、目が合ってしまった。わたしが頭を下げると、監督さんも軽く会釈を返してくれた。監督さんが来たってことは、もう出発で、綱海を呼びに来たんだろうか。思わず表情を堅くしたわたしを他所に、監督さんは綱海に話しかけた。

「綱海くん、彼女が昨日話していた子かしら?」
「ああ!」

昨日話していた?わたしのことを?監督さんは今度は、話についていけていないわたしの方を向いた。

「初めまして、なまえさん。私は雷門中サッカー部監督の吉良瞳子」
「は、初めまして…わたしの名前、ご存知なんですか」
「ええ、昨日綱海くんに聞いたのよ。これからよろしくね」
「はい?」

よろしくね、と差し出された手は、反射的に握ってしまったけど、意味がわからない。混乱しているわたしの肩を綱海が掴んで、体ごと綱海の方に向けられた。

「俺と一緒に来てほしい」
「ええと…どういうこと?」
「なまえをマネージャーとして同行させてほしいって、昨日監督に頼んだんだ!」

綱海はニッと笑った。突然の展開に何も言えないでいたわたしの代わりに、監督さんが口を開いた。

「綱海くん、ご両親の了解はとってあると聞いたはずだけど?」
「なまえの両親にはもう言ってあるから、あとはなまえだけっす!」

監督さんは、はぁと一つため息をついた。綱海は再び、わたしの方を向いた。今度はすごく、真剣な表情だった。

「俺、沖縄を離れてサーフィンができなくなるのは、まあ我慢できる。でもなまえに会えないのは我慢できねぇんだ」
「綱海…」
「だからさ、俺についてきてくれよ!」

がばっと頭を下げた綱海。そんなことをしなくたって、落ち着いてみれば答えは一つしかなかった。わたしはちょっとしゃがんで、頭を下げたままの綱海に、下から抱きついた。

「ありがとう、綱海。わたし、綱海と一緒に行きたい!」
「なまえ!」

綱海はそのままわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。また監督のため息が聞こえた。きっと一緒にキャラバンに乗って行ったら、もっとたくさんため息を聞くことになるだろう。それでも綱海と一緒にいられるならいいかなぁと思った。

「あ、荷物!綱海、わたし荷物なんて纏めてない!」
「お、そういやそうだったな」
「監督さん、出発っていつですか?」

綱海が放してくれないので、上半身だけ離れて監督さんに聞いた。出発前に呼ばれたんだから、すぐにでも出発するのかもしれない。

「安心して。出発は夕方の予定よ」
「え?」

綱海を見ると、だって準備の時間も必要だろ!と笑っていた。それから、さっきくれた包みを指差して言う。

「それ、開けてみろよ」

言われた通り、わたしは綺麗にかけられていたリボンをほどき、包みを開けた。

「これって…ジャージ?」
「俺が選んだんだぜ!どーよ、綱海様のセンスは!」
「可愛い、ありがとう綱海…」
「だから、そんな泣きそうな顔すんなっつーの!」

綱海は再びわたしの頭をぐいっと引き寄せた。綱海の服からは、太陽と海の匂いがする。わたしも綱海の背中に腕を回すと、綱海は顔をそっとわたしの耳元に寄せた。

「一生俺についてこいよ」

綱海の声は甘くって、わたしは脳みそがぴりぴりと痺れるような感覚がした。

「じゃあ、わたしを置いていかないでね」
「あったりめーだろ!」

顔を見なくたって、綱海がニッと笑ったのがわかった。ぎゅうっとわたしを抱きしめる力が強くなる。ちょっと苦しいくらいだけど、綱海のそういう力一杯好きっていう気持ちを表現してくれるところが、大好き。綱海と一緒なら、宇宙だってどこだって、きっとわたしは幸せだ。




 
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