砂漠の中のオアシスに、不思議な洞窟への入口が発見されたのは、随分と遠い昔のことであった。砂漠を越えて商売を行う行商人のキャラバンが休憩に利用するだけであったそのオアシスには、にわかに人が集まった。時は夢と魔法の冒険時代。たくさんの冒険家達が、その洞窟に財宝があると考えたのだ。オアシスの大岩の下にぽっかりと口を開け、強大な魔法の匂いを漂わせたその入口は、しかしやがて人々から恐れられるようになった。入った冒険家達が、誰一人として戻ってこなかったからである。入口から少し進んだところから、急勾配の滑りやすい坂道が姿を現し、進むことは容易いが、戻ることは不可能に等しい。そこから先は、進まなくては奥の様子を窺い知ることはできず、ただひたすらに闇が続いているのみである。人々はそれを死の穴と呼び、恐れ、入口を再び大岩で塞いだ。それから、その洞窟のことは誰も口にしなくなり、時間と共に忘れられていった。

時は流れ、魔法は失われた古代の技術となり、冒険家も少なくなった頃。オアシスは再び行商人のみが利用する静かな場所に戻っていた。今や、死の穴の存在を知る者はいなかった。オアシスの泉の端で、大岩に隠された入口は、しかしずっとそこにあった。





ある時、砂漠を越える途中の大きなキャラバンが、そのオアシスに立ち寄った。キャラバンの青年、条介は、腰掛けていた岩の下から何かの声を聞いた。その岩がまさに、死の穴を塞ぐ大岩であった。不思議に思った条介が岩から飛び降りると、大岩はグラグラと揺れた後、ゆっくりと横倒しになった。その下には人一人が入れる程度の大きさの穴があり、なだらかな道が奥に続いている。周りで休んでいた数人が、岩が倒れた音に気付き、穴を見下ろしていた条介に寄ってくる。

「なんだ、これ?」
「わかんねぇ、岩が急に倒れたんだ。でも、下から何かの声がしてた」

条介の言葉に、集まった者が穴に耳を寄せるが、何も聞こえない。

「風だろ、風」
「違うと思うんだけどなぁ…」

と、その時。穴から何かが飛び出して、そこにいた全員にぶつかり、また穴に引っ込んだ。あまりに素早い動きだったので、姿を捉えることができないほどだった。

「な、なんだぁ?!」
「条介が聞いた声って、あれの声か?」
「違う…気がする」
「…あ、俺の金が!」

一人が、腰につけていた所持金を奪われたことに気付き、全員慌てて確認する。しかし、金が残っていた者はいなかった。

「あいつ、ぶつかった時に…!」
「どうする、あれがなきゃ無一文だぞ」
「大体、お前が穴を見付けるからこんなことになったんだからな!」
「えー!俺かよ?!」

怒りの矛先は、理不尽にも条介に向いた。

「探して来いよ!」
「嫌だよ、あんな訳のわかんねぇ生き物がいる穴なんか!」
「リーダーには言っといてやるからさ」

どん、と一人が条介を穴に押し込む。

「頼んだよ」
「仕方ねーなぁ、行けばいいんだろ!」
「助かる!」

ため息を一つつき、条介は立ち上がった。道の先は真っ暗だ。背中に仲間の声を聞きながら、慎重に、ゆっくり足を進めていく。しばらく行くと、急に道は下り坂になった。一歩出してから気が付いた条介は、濡れた岩肌になっていたそこで、派手に滑った。痛い、と言うより前に、そのまま体が真っ暗闇に滑り落ち、仲間の声が聞こえなくなっていくことの恐怖にのまれる。どこかに掴まることもできず、条介はただ落ちていった。



しばらく落ちたところで斜面は緩やかになり、やがて下の地質が岩肌から土に変わったところで止まった。

「いっ…てぇー」

腰をさすりながら立ち上がりる条介。見回しても何も見えない、暗闇だ。不安になった条介が、坂の方を見上げる。

「おーい!明かりか何か、落とし」

言葉の途中、両脇を猛スピードで何かが通り過ぎ、その勢いで条介は前につんのめった。打ち付けた鼻をさすりながら、ようやく闇に慣れはじめた目で再び坂を見上げるが、両脇を走り抜けていったものの姿はもうない。

「なんなんだよ、ったく…」

しばらくは腰を抜かしていた条介だが、目が暗闇に慣れてきたこともあってか、再び立ち上がり、奥を睨んだ。一本道なら迷うことはない。意を決して、条介は進みはじめた。不幸中の幸いであったのは、目がはっきりと見えないことだった。よく見れば足元には、たくさんの骨が転がっていた。条介はそれに気付かないまま、歩く。しばらくすると分かれ道が現れた。条介は直感で、右に進む。次の分かれ道も、その次も、二股の分かれ道は全て右を選んだ。しかしやがて、三股の分かれ道に行き当たった。当然右を選ぼうとした時、ガッタンと真ん中の道から音がした。反射的に立ち止まる条介。何かがいるのは間違いなく、普通は避けて通るところだ。しかし条介は、その道の先から呼ばれているような気がしたのだ。引き寄せられるように、真ん中の道へ進む。

道の先には扉があった。分かれ道もなく、扉以外に進む道はない。随分と古い扉で、巨大な岩に見事な飾りが彫られている。条介は扉に手を置いた。その時一瞬、扉が金色に輝き、咄嗟に手を離す。扉は何事もなかったように鈍い灰色に戻り、ゆっくりと奥に向かって開いた。中はガランと広い空間になっていた。何もない中、ぽつんと真正面に置かれた小さな金色が、やけに目立っている。

「…なんだ?」

近寄ると、それは小さな古びたランプだった。条介が持ち上げてよく見ると、見事な装飾は砂や埃にまみれて見る影もない。不思議とそのランプに惹かれた条介は、自分の服の袖でランプを擦ってみた。すぐに、擦った部分だけに綺麗な金が現れる。もう少し拭こうとしたとき、手を動かしもしないのに、ランプの蓋が突然揺れた。驚いて、ランプを投げ出してしまう条介。しかしランプは、そのままフワリと浮かび、やがてその口から色とりどりの煙を吐き出した。条介がただ呆然と見ていると、煙はだんだんと形を持ち始め、とうとう一人の女に成った。

「ふぁーあ」

女は一つ大きな欠伸をしてから、条介を見てにっこり笑った。

「おはよう。わたしを目覚めさせたのは、キミね?」
「え、あ、」
「だって、他に人がいないも、の…」

女は辺りを見回し、目を丸くして、ゆっくりと言葉を切った。

「驚いた。ここにいた魔の物は、全てキミが片付けたの?」
「魔の物?」
「それに、財宝も…」
「何の話しをしてるんだ?だいたい、お前は誰なんだよ?」

ようやく調子の戻ってきた条介が、女に詰め寄った。

「そうだった、自己紹介が遅れたね。わたしはランプの魔人、なまえ。わたしを目覚めさせたキミの願いを、何でも三つ、叶えてあげる」
「ランプの、魔人?」「そう。こう見えてわたし、とってもスゴイを持った魔法使いなのよ」

なまえが人差し指を空中にトントン、と置いていくと、そこから小さな火花がきらきらと光った。そういえば暗い中、なまえだけが光っているな、と条介は気が付いた。

「願いかぁ…」
「あ、でも注意事項があるの。願い事を増やすっていう願い事と、人を殺す願い事と、人の心を操る願い事は禁止」
「でも本当に、それ以外なんでも叶えられるのか?」
「もちろん!まあ、願い事はゆっくり考えてくれればいいわ。わたしも、久しぶりに出れたんだもの!」

嬉しそうに、くるくると空中で回るなまえ。それを見ながら、ふと条介は思い出した。

「さっき言った、魔の物ってなんだ?」
「魔の物は、魔力を持った生き物よ。ここには猿のような魔の物が住み着いていたの。すごく動きのすばしっこい子でね、金を食べるのよ」

動きがすばしっこい、と聞いて、条介はすぐに思い当たった。自分達の金を盗み、坂で駆け抜けて行った生き物だ。

「そ、そいつは人を襲うか?」
「金が欲しくなったら襲うかもね。でも彼ら、すごく少食なのよ」
「魔力って、魔法を使うのか?」
「もちろん。キミだって一つくらい使えるでしょう?」
「使えねーよ!魔法なんて、今はもう失われた力だ」
「失われた?でもわたしのランプは魔法使いに作られたのよ」
「魔法が存在したのは確か、えーと、た、多分800年くらい昔のことだぞ!」
「800年?やだ、わたしそんなに眠っていたの…」

なまえは両手を頬に添えて、驚いた顔をした。

「しかも、ここには財宝があったのかよ?!」
「あったわ。この部屋全部を埋め尽くす、まばゆいばかりの金の山!キミが見ていないのなら…きっと魔の物が食べ尽くしたのね。いくら少食でも、800年あれば十分だもの」
「じゃあ、あいつらは食べ物を求めて外に出たのか?飢えてる状態だったら、人を襲うんだよな?」
「その可能性もあるね」
「冗談じゃねぇ!出たとこには、俺の仲間がいるんだ!最初の願い事だなまえ、」
「待って待って!わたしが言うのもなんだけど、キミは何千何万という人が求めても手に入れられなかったチャンスを掴んだことを自覚してないよ。本当に今考えた願いでいいの?」
「いい!仲間を助けてくれなまえ…!魔の物を倒してくれ!」
「だから、わたし生き物は殺せないの」
「あ…じゃあ、仲間を逃がす…は、だめか。他の人に被害がいくよな…」

考え込む条介を、真剣な目で見つめるなまえ。

「…なまえ、仲間に魔の物を倒す力をやることってできるか?」
「それならできるよ」
「それだ!最初の願い事、頼む!」
「了解、!」

なまえはふわりと飛び上がると、両手を大きく広げた。その体を中心にして風が渦巻き、部屋いっぱいにパチパチと色とりどりの火花が散る。条介は風に負けないよう踏ん張りながら、呆然とそれを見ていた。なまえの圧倒的な魔法は、初めてそれを見た条介を魅了した。やがてなまえの手に光が集まり、そしてそのまま天井を突き抜けて消えた。

「…終わったのか、?」
「うん。キミの仲間は力を手に入れたよ。もう大丈夫」

なまえはにっこりと笑って、手を差し出す。

「いつまでもキミ、では寂しいよ。名前を教えて?」
「…条介」
「ジョースケ?素敵な名前ね、ジョースケ!」

それが二人の出会いである。
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