クラピカの部屋は小さいアパートの一室。整理整頓はきちんとされていて、生活に必要最低限の物だけ置いてある。ナマエはちょこんとベッドに座り、料理するクラピカを、大人しく見ていた。
「オムライスだ。食べられるか?」
クラピカが皿をテーブルに持って行くと、ナマエは不思議そうに、まじまじとそれを見た。それからおもむろに皿に手を伸ばしたので、クラピカが慌ててスプーンを持たせる。ナマエはまたも不思議そうに、スプーンを見る。
「…?」
「これはスプーンだ。これは手ではなくスプーンで食べるんだ。ほら、こうやって…」
クラピカは、自分の分のオムライスをスプーンですくって食べて見せた。ナマエはクラピカとスプーンを交互に見たあと、オムライスにスプーンを刺したが、上手くすくえない。クラピカは今日三度目のため息のあと、ナマエの後ろに回り、ナマエの手の上からスプーンを握り、すくってやった。
「こうだ」
そのままスプーンにかぶりつくナマエ。クラピカはというと、予想外に近くなった距離に照れて、すぐにナマエから離れた。言葉や常識は知らなくても、見た目は普通の女の子なのだ。
「…!」
そのナマエは、クラピカのことなどお構いなしに、目をきらきらさせた。そして、下手くそながらも、もう一度スプーンですくい、口に運ぶ。それからクラピカを見て、にっこりした。クラピカはまた、不思議な脱力感を感じたが、それを無視してその笑顔の意味を考える。
「気に入った…のか?」
ナマエは頷いた。
「オムライスという料理だ」
「お…おむらいす」
「そう。そうやって、少しずつ言葉を覚えていこう」
クラピカは微笑んだ。こんなに大きな子に言葉を教えるというのは変な感覚だが、なんとなく成長を喜ぶ自分がいるのだ。と、またナマエがクラピカの服を引っ張る。
「クラピカ」
「なんだ?」
「オムライス」
「…?」
ナマエは、うーと唸ったあと、クラピカの皿を指した。
「クラピカ、オムライス」
「…私も食べろ、ということか?」
ナマエは嬉しそうに頷く。クラピカはちょっと驚いて、それから、笑う。
「ああ、食べるよ。ありがとう。食べ終わったら、勉強の時間だな…ナマエには覚えるべきことが山のようにあるぞ。…聞いてるか?」
クラピカがスプーンを持った時点で、ナマエの興味は自分のオムライスに移っていた。慣れないスプーンの使い方に戸惑うナマエには、クラピカの話を聞いている余裕はなかったのだった。