日々は平和に流れていた。最近はニュースでミョウジカンパニーの娘が誘拐されたという話を耳にすることもなくなった。人数が減ったり増えたりはあるけれど、アジトには常に人がいた。最近わたしは料理の楽しさに気付いて、クロロに頼んで料理の本を持ってきてもらったりして(盗んだのか買ったのかわからないけど、クロロは本にはお金は惜しまないので、買ったものかもしれない)、いろんな料理を作ってみることにはまっていた。遠くの国の民族料理や手の込んだお菓子など、作るのも楽しいし、みんなの反応を見るのも楽しい。一番好き嫌いが多いのはフェイタンだということにも、最近気が付いた。






「ナマエ」

朝食の後の洗い物の最中、クロロに声をかけられた。振り返ると、久しぶりにオールバックじゃない方のクロロがいた。相変わらず別人みたいな雰囲気だ。

「なに?」
「デートに行こう」

そう言ってにこっと笑ったクロロ。オールバックの時の彼は、こんなに可愛い笑顔はしない。わたしが頷いて、洗い物が済んだら準備するね、と言うと、クロロはわたしの手の中のスポンジを取り上げた。

「俺がやっておく」
「いいの?」
「ああ」

自信たっぷりに言われたので、わたしはその言葉に甘えることにした。でも、部屋に戻って服を着替えていると、下からパリーンという音が聞こえて、その後にマチとパクの怒る声がした。お皿は丁度人数分しかなかったので、帰りにお皿を一枚買って帰らなきゃ、と思った。

「クロロ、準備できたわ…洗い物もう終わったの?」
「マチが代わってくれたんだ」

心の中でマチごめんね、と思いながら、わたしとクロロはアジトを出た。車はまた変わっていて、今回はデザインの可愛い、レトロな感じの車になっていた。

「どこに連れて行ってくれるの?」
「ナマエはどこか行ってみたい場所はないのか?」
「うーん…よくわからないからクロロに任せるわ」

わたしが言うと、ハンドルに手をかけたクロロが、少し悩んだ。

「ナマエは遊園地に行ったことはあるか?」
「ないわ、名前だけ聞いたことがあるくらい」
「じゃあ遊園地に行こう」

クロロは笑って、エンジンをかけた。遊園地、テレビで見たことがあるけど、響きだけでも楽しそうだ。たまにクロロと会話したり、海を見たり、流していた音楽を聞いたり。今から遊園地に行くのだというわくわくもあり、とても楽しい道中だった。行ったことのある街を通り過ぎ、もっと行った辺りで、遠くに巨大な車輪のようなものが見えた。

「ナマエ、あれは観覧車。あそこが遊園地だ」
「観覧車…カラフルで可愛いのね」
「近くで見ると、かなり大きいんだ」

車は遊園地までの道を順調に走る。だんだん観覧車は大きくなって、それから観覧車以外のアトラクションも見え始めた。賑やかな声や音楽も聞こえてくる。遊園地は楽しい気分を詰め込んだ場所のようだった。





駐車場に車を停めると、わたし達は早速、遊園地に繰り出した。初めはジェットコースターに乗って、その後はメリーゴーランド、コーヒーカップ、観覧車、名前を忘れてしまったものもたくさんあるけど、ほとんど全部のアトラクションに乗った。楽しくて楽しくて、世の中にはこんなに楽しい場所があったのね、と思った。カンパニーにいた頃のわたしは、何を楽しいと思い暮らしていたんだっけ。最近は毎日楽しすぎて、もう忘れてしまった。

「ナマエ、そろそろ一回休憩しないか?」
「そうね!お腹空いちゃった」
「そりゃ、あれだけはしゃげば腹も減るだろう」

苦笑いのクロロとわたしは、遊園地内にあるレストランに向かった。お昼時を過ぎていたからか、席はガラガラだった。

「何か買ってこよう。何がいい?」
「ありがとう。じゃあ、サンドイッチがいいわ」

わたしが言うと、クロロはカウンターに向かった。なんだかこうして見ると、クロロが幻影旅団の団長だなんて信じられない。まるで、本当の恋人同士のようで、くすぐったい気分になった。クロロが戻ってくるまで、アトラクションや楽しそうなお客さんを眺めていると、突然、殺気を感じた。遊園地の雰囲気に、完全に油断していたわたしは、反応が一瞬遅れる。気付いた時には、わたしの両腕は背中で縛り上げられてしまっていた。

「だ、誰なの!」
「ミョウジカンパニーの者です」

その言葉を聞いて、凍り付く。後ろから聞こえた声は、聞き覚えのある、本社の社員の声だった。

「ナマエ様、本社までお連れ致します」
「嫌、放して、クロロ…!」
「ナマエ!」

なんとかして彼から離れようともがいていると、気付いたクロロが、持っていたものを全て投げ出して駆け寄ってきた。しかし、クロロを囲むように、何人もの社員が現れる。みんな知っている人だ。小さい頃からわたしに稽古をつけてくれていた、本社の社員達だった。

「ナマエを放せ」
「できません。ナマエ様は自宅に帰らなければなりません」
「ふざけるな、ナマエが帰る場所はもうお前達の会社じゃない」
「ナマエ様を誘拐した盗賊が、何を偉そうに」

社員の冷たい視線に、クロロの殺気が一気に辺り広がった。肌がピリピリする。周りにいて、わたし達を覗いていた野次馬らしい人達が、殺気にあてられて倒れた。クロロは懐に手を入れて、ナイフを一本取り出した。クロロの持っている武器はたったそれだけなのに、そこにいる社員達は全員かかってもクロロには敵わないと、わたしは直感で感じた。そこにいるのはすでに、幻影旅団団長のクロロだった。

「力ずくしかないという訳だな」

クロロが、ニヤリと笑った。見慣れた優しい笑顔ではなくて、見た人を震え上がらせる、獲物を見つけた獣みたいな笑顔。クロロ自身、勝てると感じているみたいだった。社員達は、ピリピリするような殺気にも怯まない。社長の命令は絶対で、退くわけにはいかないのだ。これだと、あの人達はみんな、死んで、しまう。クロロが一歩踏み出した瞬間、わたしは思わず、叫んでいた。

「クロロ、止めて!」
「!…ナマエ?」

すでに一瞬の内に、一人目の首元にナイフをつき付けていたクロロは、驚いてこっちを見た。わたしは、ばかだ。結局どっちも、捨てられなかった。自らの幸せな生活を選んで、目の前で知っている人達が死ぬなんて、無理だ。

「クロロ…今までありがとう、とても楽しかった。わたしは、会社に、帰るわ」
「ナマエ?!」
「ねえ社員さん、お願い、クロロに手を出さないで下さい…クロロも、社員には攻撃しないで」
「ナマエ…」
「ええ。ナマエ様、早く車へ」

いつの間にか、近くに真っ黒な高級車が停まっていた。呆然としているクロロに、わたしはそれ以上何も言うことができず、背を向けた。その途端、目から涙が溢れだす。ありがとう、ありがとう、さようなら、クロロ。わたしは社員に挟まれて車に乗り込んだ。

ぱん、と音が聞こえたのは、車のドアが閉められた直後だった。はっとして窓の外を見ると、クロロの足から血が噴き出したのが微かに見えた。車はすぐに出発してしまい、クロロは見えなくなる。でも確かに見えた。

「ちょっと、クロロには手を出さないで、って…」
「しかし、追って来られては厄介ですから」
「酷い!嘘を吐いたのね!」
「仕方のないことです。それよりナマエ様、ご自分のことを心配された方がよろしいですよ。旦那様は随分怒っておみえです」

冷静な態度の社員に腹が立った。クロロは約束を守ってくれた。なのにカンパニーの社員は約束を破って、クロロに発砲したのだ。わたしは、信じる人を間違えしまった。クロロ、ごめんなさい。それから会社に着くまで、車内では一言も会話がなかった。








「到着致しました」

社員の言葉に、窓の外を見ると、わたしがこの世で一番嫌いな、要塞みたいなミョウジカンパニーの本社がそびえていた。社員に押されるようにして車を降りる。そこで初めて、門のところに人がいることに気が付いた。それが誰かを認識した瞬間、上の空だったわたしの意識が覚醒した。それは社長、つまりわたしの父だった。

「ナマエ、久しぶりだな」
「社長…」
「お前は本当に大変なことをしでかしてくれた」

社長の視線は、父親が娘に向ける視線とは思えないほど、冷たかった。わたしはその視線から逃れるように、下を向く。社長は一歩わたしに近付いた。顔は見えないけれど、腕を組んだのだけは見えた。

「お前は死んだと発表することにした」
「…え?」
「今回ミョウジカンパニーは襲撃されたことによって、随分評判が落ちた。ただそれが幻影旅団だったとわかれば、世間も納得するだろう。しかし娘が旅団と関わり、生きて帰ってきたと知れれば、それがまた信用を失うことになるかもしれんからな」

社長は淡々と言った。わたしは頭の中で何度か社長の言葉を繰り返して、ようやく意味を理解した。

「妙に仲良くなったようだが、幻影旅団にとっても、その方がいいだろう?一度盗んだものをまた取り返されたなんて、間抜けすぎるからな」
「そんな…」
「兄を社長にするしかなくなるが、お前にはその影武者の役をやろう。嬉しいだろう?本来なら一生地下に閉じ込めておきたいところだ。何と言ったって、お前は死んだはずの人間なのだからな。ただし、私が社長を引退するまではずっと、本社の地下で特訓をしていなさい。外に出ることは許さない」

社長はそれだけ言うと、冷たい笑みを残して、会社に入って行った。呆然としたわたしの腕を、一緒に車に乗っていた社員が掴み、無理矢理歩かされた。もうわたしに抵抗する力は残っていなかった。






わたしは本社の地下の、ほとんど家具のない部屋に閉じ込められた。全体的に白ばかりのその部屋は、皮肉にも旅団のアジトをわたしに思い出させた。その日は特訓はないようだったけど、明日からは多分、今までのなど比べ物にならないような特訓が待っているんだろう。あまりにも急に、身の回りの環境が昔に戻ったので、幻影旅団のアジトでクロロ達と一緒に過ごしていたのは夢だったんじゃないかしらとさえ思えた。ただ、昔のように、本当に楽しいことを知らずに、自分の境遇が嫌だと思いながらも、どうすることもできなかった時とは違って、今は自由であることの楽しさを知ってしまっている。それは、これからの生活が、昔以上の苦痛になるだろうと言うことだ。

まだなんとなく実感が湧かず、明日起きたらパクかマチがご飯を作って待っていてくれるような気がした。フィンクスと朝のドラマを見ながらご飯を食べれるような気がした。クロロと笑って会話をしているような気がした。でもそれは全部わたしの妄想であって、もうあり得ないことなのだ。ふと、下を向いた拍子に、自分の着ている服が見えた。クロロの選んできてくれた服達で、まだ着ていないままクローゼットに入っているものもたくさんあった。もう着ることができないと思ったら、なぜかようやく実感が湧いてきて、わたしは泣いてしまった。来る前に割ってしまったお皿は、わたしの分だったのかもしれない。もうわたしがアジトで食事をすることはなく、きっと旅団のみんなも、昔の通りに戻っていくのだ。







クロロと遊園地、と、突然の帰宅
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