「ヒロ兄、勉強おしえて!」
テスト一週間前。名前は兄のヒロトの部屋に、ノートや教科書持参でやって来た。ベッドに腰掛けて本を読んでいたヒロトは顔を上げる。
「いいよ。教科は?」
「数学」
「見せて」
本を脇に置いて教科書を受け取るヒロト。名前は横に座ってそれを覗く。
「この問題」
「ああ、ここか。ちょっとややこしいけど、理解できたら簡単になるよ」
ヒロトは自分の机からシャーペンとルーズリーフを一枚とって、名前のノートを土台にして、サラサラと式を書いていく。しばらくしてペンを止めると、初めの式まで手を戻し、トントンと示す。
「まず最初に…」
「えー、ヒロ兄計算早っ」
「一応、高校生だしね」
苦笑いしてから、ヒロトは説明に戻った。名前も真剣にそれを聞く。ヒロトの丁寧で解りやすい解説に、名前は納得して大きなため息をついた。
「なるほどー!解った!」
「じゃあ、練習問題」
ヒロトは教科書をぺろんとめくり、新しいルーズリーフを渡す。名前は悩みながらも、今覚えた公式を使って問題を解いていく。
「…できた!」
「正解。よくできました」
名前の解答を見て、ヒロトはにっこり笑って名前の頭を撫でた。名前も嬉しそうに笑う。
「ありがとうヒロ兄!またわかんなかったら聞きに来る!」
「ん、いつでもおいで」
「次のテストは絶対いい点取る!」
「燃えてるね、何かあるの?」
ベッドから立ち上がってガッツポーズした名前に、ヒロトが不思議そうな視線を送った。
「最近わたし達成績悪いから、ママが、次のテストで一番学年順位が良かった人は二週間掃除免除ってことにしたの!」
名前達の家では、子供達が手分けして風呂やトイレの掃除をしている。ヒロトはもっと広範囲を一人で担当し、名前と晴矢と風介は交代制だ。三人の内一番成績が良かった人は、二週間そのローテーションから抜けることができるのである。
「普段は誰が一番なの?」
「そりゃあ、風介に決まってるよ!でも風介、わたしと晴矢はバカだからって余裕こいてるから、絶対抜いてやるんだ」
だから協力してね、と意気込む名前に、ヒロトは笑顔で頷いた。普段は晴矢と風介が名前をヒロトから引き離そうとするが、今回は名前の方から頼みに来たことだ。その上、勉強を教える際には必然的に至近距離に座ることになる。ヒロトとしては内心、願ってもないことだ。大好きな妹と二人で勉強。しかも今回のテストで名前が一番になれば、名前の分の掃除は晴矢と風介に回り、名前といられる時間も増える。
「名前なら絶対一番になれるよ。俺が応援してるから」
「ありがとう!」
こうして名前は、名前の掃除とヒロトの下心を賭けたテストの日を迎えた。
勝利の祝杯は我が手に
「これきたぜ、今回のテストはマジでやべぇ」
「悪いけどわたしもかなり手応えアリだから」
「普段の積み重ねがないお前達ではたかが知れている。今回も私の一人勝ちだろうな」
「余裕こきやがって、結果返ってきてから後悔すんぜ風介」
テスト結果が配られる日の登校中。いつものように仲良く三人で登校していた名前達は、当然テストの話をしていた。今回は晴矢もかなり頑張ったらしく、全員自信満々である。
学校について、名前と、晴矢と風介は、別々の教室に入る。朝のホームルームで、成績表は帰りに返しますと先生が言った。いろんなところからため息が聞こえるが、名前はにまっと笑った。その様子を見た隣の席の塔子が、やけに嬉しそうだな、と不思議そうな顔をした。
「自信あるんだ」
「へえ、珍しいな」
「今回は、晴矢と風介と勝負してるから、負けるわけにはいかないんだ」
「ふうん、楽しそうだな」
「塔子はいつも成績いいけど、今回は勝っちゃうから!」
そんな宣戦布告から数時間後。一日の授業を終え、ついに成績表が返ってきた。それにはテストの点数と平均点と、クラスの順位と学年順位が書かれている。
「うわっどうしよう塔子、リカ!クラス順位が5位って書いてあるんだけど!」
「ざんねん、アタシ3位だよ」
「ちょ、どういうことやねん!名前アホやったのに!」
「リカ34位って、相変わらず下から数えた方が早いな」
「うっさいわ塔子!名前だっていつもはこんなもんやん」
「ふふん、今回のわたしは一味違うよ」
「ちなみに学年順位は?」
「11位!」
「ありえへん!いつも3桁の名前が!」
「リカは…3桁か」
「風介だって普段15位くらいだもん、これはきたかも!」
名前は嬉しそうに成績表を鞄に突っ込んだ。と、廊下側の窓がガラッと開き、赤と白の頭が顔を出す。
「オイ名前ー!帰んぞ!」
「晴矢、風介!」
「成績表返ってきたか?」
「うん!」
「俺らもまだお互いの見てねーんだ。家で発表しようぜ」
三人は少し駆け足で家まで戻った。家にはキッチンを掃除していた母のリュウジと、テスト中のヒロトがいた。
「三人ともおかえり、テストどうだった?」
「ママ!三人一緒にせーので見せるから!」
帰ってくるなり三人は鞄から成績表を取り出した。持っていたスポンジを流しに置いて寄ってくるリュウジと、楽しそうにそれを眺めながら紅茶を飲んでいるヒロト。
「せーの、」
三人はバン、と成績表を机にたたき付けた。リュウジがそれぞれの教科の点数から順に見ていくのに対して、三人はお互いの学年順位しか見ていなかった。名前は11位、風介は13位、そして晴矢は10位だった。
「ほらみろー!!」
「ええええうそウソ嘘!」
「私が一番下だと?!」
「まさか晴矢に負けるなんて!うそだ!」
「嘘じゃねーよ、バカ!俺はやりゃーできるんだよ」
「バカって、わたしと晴矢3点差なんだけど!」
「でも勝ちは勝ちだ!掃除よろしくな、11位と13位」
勝ち誇った顔の晴矢、呆然として言葉の出ない風介。そして、悔しそうにヒロトに泣き付く名前。晴矢と風介はギョッとした。いつもならセクハラをする兄から名前を守っている二人だが、名前からくっついていったらどうしようもない。名前に見えていないからと、にやりと笑って見せるヒロト。
「悔しいよ、ヒロ兄ぃ…」
「でも頑張ったじゃないか、名前。11位は十分すごいよ。掃除は俺も手伝うから」
「ほんと…?」
「ばっ、バカ!兄貴が手伝うくらいなら俺が手伝ってやるよ!」
「晴矢の手伝いなんていらない!」
名前はそっぽを向いて、ヒロトの服の裾を握った。ヒロトは楽しそうに名前の頭を撫でている。話が一旦途切れたのを見て、リュウジがさて、と空気を変えた。
「今回のテストは三人ともほんとによく頑張ったね!でも大事なのは続けること、継続は力なり、だ。晴矢と名前は、風介みたいに毎回こんな点数を取れるようにしなきゃ。一回限りじゃ意味ないからね」
「げえっ、マジかよ」
「当たり前だ。だから次からのテストは、毎回掃除当番をかけようか。みんなやる気が出るみたいだし」
「今回は少し舐めていたようだ。次は必ず私が勝つ!」
「いーや、次も俺だね!」
「ううん、次こそ絶対にわたしが一番だから!」
「じゃあ名前、次のテストも、一緒に勉強頑張ろう」
「それより三人で勉強しようぜ!」
ヒロトの言葉に名前が頷く前に、慌てて晴矢が提案した。
「えー、三人で?」
「確かに、教えられるばかりよりも、人に教えた方が身につくって言うしな」
「だろ?!俺は理科は得意だし、名前は英語はそこそこできんだろ。教え合ったら良くね?」
「んー、いいかも…」
「いいよ、わかりにくかったら聞きにおいで」
「兄貴黙ってろ!」
あからさまに睨む晴矢に、ヒロトははいはいと肩を竦めた。火花の絶えない家である。一部始終を理解して見ていたリュウジは、苦笑いしてからキッチンの掃除に戻っていった。
これを見るとわかりやすいかも
thanx.睡恋