初めのお腹のダメージが酷かったのと、「凝」ができたのとで、その日の特訓はそれで終わった。ナマエはぐったりして、壁にもたれかかって座っている。そんなナマエの顔の真横に、鋲が飛んできて、壁に刺さった。

「き、今日は終わりじゃ…」
「薬。いらないの?」
「え?」

ナマエが横を向くと、小さな薬の袋が鋲で壁にとめられていた。

「わ…ありがとうございます…!」
「ちゃんと回復してくれないと、明日は殺しちゃうかもしれないし」
「…!」

ナマエは真っ青な顔になって、慌てて薬を飲んだ。漢方薬のようで、とても苦くて不味かったが、我慢した。


それから一週間ほどその生活が続いていたある日、イルミは久々に仕事が入り、朝から準備をしていた。イルミの広い部屋の床で寝ているナマエは、珍しくゆっくり寝れて幸せそうな顔をしている。準備ができた後、イルミはナマエを叩き起こした。

「おはようございます…」
「オレ今日仕事だから」
「へー、なんの仕事ですか?」
「朝食は机だから」
「あの…」

ナマエの質問に答えず、すたすたと部屋を出ていってしまうイルミ。その態度にだいぶ慣れてきたナマエは、気にせず机の上の食事を食べ始めた。

「…うっ」

途中まで食べて、ナマエは口を押さえる。少し前に下剤はクリアかな、と言われて安心していたが、その次の日からは吐き気のする何かがご飯に混入されるようになっていた。トイレに駆け込み、落ち着いてから部屋に戻ると、食事はすでに片付けられていて、一人のメイドが待っていた。

「あ、ご苦労様です…」
「ナマエ様、ご案内致します」
「へ?どこにですか?」
「キルア様のお部屋です」
「き、キルアさま?」

メイドはそれ以上話さず、ただ広い屋敷を進んで行く。はぐれたらイルミの部屋に戻ることもできないので、ナマエは必死に着いて行った。

「こちらです」
「はあ、どうも…」
「イルミ様がお帰りになられましたら、迎えに参ります」

そう言うと、メイドは戻って行く。一人、大きな扉の前に残されたナマエは、仕方なくその扉を叩いた。

「開いてるぜ」

思っていたより高めの少年の声に、ナマエは少しほっとしながら扉を開ける。そっと覗くと、ゲームをしている後ろ姿があった。

「失礼しまーす…」
「アンタが兄貴のコイビト?」
「…は?」

くるっと振り返ったキルアの言葉に、ナマエはぽかんとした。

「だって兄貴の部屋に住んでんだろ?」
「そ、そうですけど、恋人じゃなくて…弟子って感じです」
「なーんだ」

つまらなそうな顔をしたキルア。意識が戻ってからずっと無表情なイルミしか見ていなかったので、キルアのころころ変わる表情は、ナマエにとって新鮮で、嬉しかった。

「それで、なんでわたしはここに呼ばれたんですか?」
「敬語とかいーよ。呼んだっつーか、兄貴から聞いてないの?」
「え、なにも」
「兄貴がいない間、アンタのこと鍛えとけって言われたんだけど、オレ」

ニヤッと笑ったキルアに、ナマエは青ざめた。今日は休めると思ったのに。そんなナマエを見て、キルアは楽しそうに笑っている。

「名前なんだっけ」
「あ、ナマエだよ」
「ナマエね!オレはキルア」
「キルアくんはイルミさんの弟?」
「うん。あ、ナマエってゲームとかやる?」
「えーと…わたし記憶喪失で、昔何してたか覚えてないんだ」
「へー、じゃあ一緒にやろーぜ。コンピューター弱いから飽きちった」
「と、特訓はいいの?」
「やりてーの?ナマエ、見た感じ怪我してるっぽいし」

キルアの優しさに、ナマエはじーんとなった。イルミが特別冷たすぎるのもあるのだけど。

「ゲームってどんなの?」
「格ゲー!」

ガチャガチャとコントローラーを用意しているキルアを見ながら、ナマエは思わず微笑んだ。
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テーマ「人外ファンタジー」
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