女が目を開けた。それはイルミがその女を庭で見つけた次の日のことだった。イルミはベッドに腰かけたまま、黙って女の様子を見ている。まだどこかぼけっとしている女は、ゆっくり床から体を起こして、キョロキョロと周りを見て、イルミと目が合った。

「!」

昨日の記憶が残っていたのか、女は表情を強ばらせた。一方イルミはいつも通りの無表情で、その女を見つめたまま、口を開く。

「アンタだれ?」
「だれ…?」
「いや、オレが聞いてるの」

イライラしたイルミは微かに殺気を漂わせる。女はびくっ、と反応して、ゆっくり口を開いた。

「あ、あの、ナマエ…」
「ナマエ?名前?」

ナマエと名乗った女は、何度も首を縦にふった。

「ふーん。じゃあなんで家にいたの?どうやって入ったの?」
「わ、わかりません」

ナマエの答えを聞いたイルミは、目にも止まらない速さで鋲を投げつけた。ナマエはひっ、と小さく声を上げて、それを避ける。

(…避けられた)

並の動体視力では、イルミの腕が動いたことすら見えないはずだ。本気で当てる気で放ったその鋲を避けられてイルミは少し驚いていた。もちろん、表情は変えないままだ。

「す、すみません!でもほんとに、記憶に、なくて…」
「…じゃあ何者なの、ハンターなの?」
「た、多分違うと…思います」
「思いますってなんなの」
「全く、何も覚えてないんです…自分の名前しか、思い出せないんです」

イルミは無表情のまま大きなため息をついた。ナマエは自分にかけられた毛布で、自分が助けられた立場だと気付いたのか、申し訳なさそうな顔をしている。最も、ベッドはイルミが占領していて、ナマエは床の上に転がされ、毛布をかけられていただけなのだけど。

「あの、あなたは…?」
「イルミ」
「イルミさん…」

ナマエは覚えるように何度かその名前をつぶやくと、初めてイルミの顔をまっすぐ見て、笑った。

「助けてくれて、ありがとうございます」

イルミは相変わらず無表情のままだったが、このままこの不思議な女を家に置いてもいいかな、と思ったのだった。



記憶喪失の彼女
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