「ねえ」
ようやくナマエも落ち着いてきた頃、イルミがいつもと変わらない調子で声をかけた。ナマエは反射的にはい、と答えて、クロロから離れ、イルミの方を向く。
「オレのことは覚えてるの?」
「あ、はい。今は、全部覚えてます」
そう言って笑うナマエは、記憶を失ってゾルディック家で暮らしていた時と、どこか雰囲気が違っていた。隙がなく、少しオドオドしていた以前と比べて、堂々とした感じがある。
「イルミさんには、本当にたくさん迷惑をかけてしまって、すみません…」
「別に、何も迷惑とは思ってないよ」
イルミに対しては、記憶を失っていた間に散々お世話になった記憶しかないので、相変わらず頭が上がらない、という雰囲気だ。いつものナマエの口調に、イルミは内心少しほっとした。
「ナマエ」
今度は、マチが一歩前に出た。
「マチ…久しぶり!」
「アタシがしっかり守ってやれなかったせいで、こんなことに…本当にすまなかったね」
普段、滅多に人に謝ったりしないマチが、ナマエに頭を下げた。ナマエは、慌ててマチの顔を覗き込む。
「そんな、マチは何も悪くないよ。わたしが、旅団としての自覚が足りなかったの」
「ナマエ…」
「だから、顔を上げて、マチ」
マチはそっと顔を上げてナマエと目を合わせると、ナマエを抱き締めた。先程クロロとナマエの涙に貰い泣きしていたノブナガが、呆れたような声を出す。
「マチはな、あの日からずっと自分のこと責めてたんだぜ」
「ナマエならきっとそう言うわよ、って言ってたのに」
ノブナガの言葉を受けて、パクノダも言う。マチの肩越しに二人の顔を見たナマエは、また泣きそうな顔をした。
「マチ…ありがとう」
「そ、そんな話、するんじゃないよ」
マチは照れ隠しに、少し乱暴に言うと、ナマエを解放した。もう一度ナマエの顔を見て、小さく笑う。
「おかえり」
「うん」
ナマエも笑い返したところで、ずし、と背中に重みを感じた。ナマエが振り返ると、少しいじけたシャルナークが、後ろからナマエに抱き付いていた。
「団長やマチばっかり、ずるいよ。オレだって、ナマエの為にいっぱい頑張ったんだからね」
「うん、ありがとう、シャル」
肩に乗ったシャルナークの頭を撫でながらナマエが言うと、シャルナークは満足そうに笑った。と、突然シャルナークの体はナマエから引き離される。
「ナマエが重そうにしてるだろうが、シャル」
「ちょ、フランクリン、首絞まるから」
フランクリンがシャルナークの襟を持って引き剥がした為、シャルナークは首が絞まりかけていた。フランクリンは悪い、と言ってシャルナークを降ろす。それを見て、ナマエは笑った。
「フランクリンも、久しぶり」
「ああ、元気そうで安心した」
ケホケホと咳き込むシャルナークを放っておいて、フランクリンは優しく微笑んだ。
「オイオイナマエ、ひでぇ態度っつったらお前、さっきオレらにもひでぇ態度だっただろ」
「あ…ウボォーさん」
フランクリンを押し退けるようにしてナマエの前に出てきたのは、ウボォーだった。
「ごめんなさい…」
「まあ、いいけどな!記憶戻ってよかったぜ」
「ありがとう。でも、ウボォーさんと初対面で怖がらない人って、あんまりいないと思うよ」
「ハハハ!それもそうだな!」
ウボォーは豪快に笑った。ナマエも、少し泣きながら、笑っている。それを見ていたフィンクスに、今度はウボォーが押し退けられた。
「オイ、ナマエ、あんま心配かけてんじゃねぇぞ」
「ごめんね…フィンクスも心配してくれたんだ」
「フィンクスは心配してただけで、大して働いてないけどね」
「うるせぇぞシャル!大体オレはリング取り返しに行ったんだから、フェイタンのが働いてねぇだろ」
「今ワタシは関係ないね」
昔と変わらない雰囲気の旅団メンバーに、ナマエは嬉しそうに笑った。それから、再びイルミに視線を戻す。
「もしかしてイルミさん、わたしが幻影旅団って、わかってました?」
「…なんで?」
「あんまり、驚いてないみたいだし…」
「…ほんとはね、なんとなくだけど、そうじゃないかとは思ってたよ」
イルミは、少し寂しそうに、ナマエの頭を撫でた。それは殺し屋とは思えないような、優しい手付きだった。ナマエは心地よさそうに目を細めてから、イルミを見て、照れたように笑う。
「わたしが、混乱したりしないように、黙っていてくれてたんですね」
「え…まあ…?」
本当はもっと自分勝手な理由だった為、イルミは少し目線をそらした。しかし、ナマエも恥ずかしそうに顔を伏せていて、イルミの顔は見ていなかった。それから少し間を置いて、ナマエは顔を上げると、何か決心したような目でイルミを見た。
「得体の知れないわたしをずっとここに置いてくれて、本当にありがとうございました…大好きです」
「うん……うん?」
イルミはそらしていた視線を、ナマエに戻した。ナマエは、真っ直ぐにイルミを見ている。和やかに話していた旅団メンバーも、信じられないものを見るような目で二人を見た。イルミはたっぷり考えてから、もう一度ナマエに聞いた。
「…今、なんて?」
一難去って、