かろうじて繋がっていたノブナガの携帯の発信機を頼りに、クロロが二人の元に着いたのは、ナマエが逃げてから数分後のことだった。クロロがダーツを床から抜くと、二人は動けるようになった。
「捕まえたんだが逃しちまった…すまねぇ」
「足止めの念には気を付けろと言っただろ」
「ああ…でも久々にナマエの顔見たら、つい…油断した」
悔しそうな二人。クロロはダーツをしまうと、再びナマエを探すよう言って、去っていった。
そっとミルキの部屋から遠ざかっていたナマエは、ダーツが抜かれたのを感じた。まだ効果が切れるには全然早い。誰かが抜いたということだ。
(もしかして、あの二人以外にも仲間がいたの?)
ナマエはゾクッとするのを感じた。でもよく考えてみれば、二人でゾルディック家に乗り込むなんて、命知らずすぎる。もっと大人数と考える方が普通だろう。ナマエは、追い出されたミルキの部屋を睨んだ。しかし幸いにも、地下のそこには人の気配はなかった。
「早く、執事室に…」
小さく呟くが、執事室がどこかをナマエは知らなかった。それに頭のどこかでは、執事達よりもイルミに会いたい、と思っていた。どっちに行くにしても、とりあえず動かないことにはどうしようもないので、ナマエは再び廊下を進みだした。
それから少し後、クロロを探していたイルミは、ようやく本人を見つけていた。
「久しぶりクロロ」
「ああ」
「何しに来たの?使用人いっぱい殺されると不便なんだよね」
「何しにって、決まってるだろ。仕事しに来たんだ」
お互いに、自分にとってちょうどいい間合いで身構える。
「ねぇ、それって、ナマエを盗みに来たってこと?」
「!」
クロロが珍しく、少し驚いた顔をした。イルミは表情を変えずに、やっぱり、と呟く。
「イルミ、なんで」
クロロがそう口にした時、携帯の着信音が鳴った。クロロははっとして携帯に手を伸ばすが、一瞬早くイルミの鋲がそれを弾き飛ばす。クロロは冷ややかな瞳でイルミを見た。
「会話の途中で携帯って非常識だよ」
「盗賊に常識を問わないでくれるか」
「まあ、そうだけど」
雰囲気が一層ピリピリとしてきて、お互いに臨戦態勢に入った。と、その時、凄いスピードで近づいてくる気配に二人は気付いた。すぐに、それは足音の聞こえる程近くまで来る。音は、二人の立っている廊下の突き当たりの階段から聞こえた。二人はお互いに警戒しながら、ちら、と視線を階段の方に向ける。そして今度は二人一緒に、目を見開いた。
「ナマエ…?!」
ナマエは無我夢中で走っている様で、階段から廊下に出てようやく、人がいたことに気付いた。そして手前にいたイルミを見て、慌てて方向転換をしようとしたが、今さらそんなことはできない。どうすることもできず、そのままイルミの方に走ってきた。奥にいるクロロには、まだ気付いていない。イルミは呆然と、走ってくるナマエを見ている。それもそのはず、ナマエはずっと部屋にいると思っていたのだ。
クロロは、イルミがナマエに気をとられている隙に、携帯を拾い上げた。着信履歴を確認すると、シャルナークとフィンクスからほぼ同時に連絡が入っていた。発信元を調べようとしたが、すぐにその必要はなくなった。シャルナークペアとフィンクスペアが、ナマエを追い掛けて、階段から姿を現したからだ。
「イルミさん!」
イルミに向かって走って来ると、そのまま一緒に逃げようと、ナマエはイルミの腕を掴んだ。しかしその時ようやく、イルミの後ろにいたクロロが目に入り、動きが止まった。
「ナマエ…」
クロロが呟いた。ナマエは何も言えず、目を見開いて、クロロを見ていた。足がガクガクと震えて、イルミの腕に掴まっていることで、かろうじて立てているような状態だ。
追いついてきたシャルナークとフランクリン、フィンクスとフェイタンは、ナマエから少し離れたところで止まって、様子を見ている。シャルナークが携帯を取り出して、この場にいない団員達に、クロロの元に集合するようにメールを送る。もちろん家の中の地図はないので、クロロの持つ発信機の方向を見て、場所を探すのだ。
「ナマエ、また会ったな」
クロロは怯えきっているナマエに微笑んで、一歩近付く。ナマエはイルミの腕を強く掴んだ。ナマエの反応とクロロの言葉に、もしかして、この前会ったって言ってた強い人ってクロロか?とイルミは考えた。しかし、今のナマエにそれを聞いても、返事は返ってこないだろう。
「一人、記憶を失って、辛かっただろう?」
「……え?」
初めて、ナマエがクロロの言葉に反応した。クロロは微笑んだまま、ナマエを見つめている。
「解放してやる」
クロロはそう言うと、リングを取り出した。自然とその場にいた全員は、クロロを見つめて沈黙した。怯えていたナマエも、クロロから目を離すことができなくなっていた。
クロロはリングを握ると、練を始める。練り上げられた膨大な量のクロロのオーラは、どんどんリングに吸収されていた。その量が、普通の人なら死んでしまうだろうという量を超した時、ピシ、とリングが軋む音がした。