「ナマエっ」
「!…イルミさん?」
イルミがホテルのナマエの部屋に入って来たのは、二人が電話をした日の夜だった。珍しく息を切らしているイルミは、電気もつけずに、驚いてベッドで体を起こしているナマエに近付いた。
「早…」
「急いだから」
ナマエの言葉を途中で遮るように、イルミはナマエを抱きしめていた。ナマエは状況についていけず、呆然としている。しばらくそうした後、イルミはナマエを解放して、目線を合わせた。暗い部屋の中、ベッドの横の窓から微かに入ってくる月明かりで、ナマエの頬はキラキラした。
「…泣いてたの?」
「え、いや、」
イルミに言われて頬を触ったナマエは、それで初めて自分が泣いていたことに気付いたような感じだった。乱暴に目元を拭うナマエの手を掴むと、イルミは自分の手で優しく涙を拭いてやった。久々に会うのに加えて、普段と違う態度のイルミに、ナマエは思わずドキッとする。
「すみません、迎えに来てもらった上に、こんなに急がせて」
「ほんとだよ。何があったの?」
「…また、昔のわたしを知ってる人に会ったんです」
ナマエが少しだけ震えだしたのを感じたイルミは、控え目に尋ねる。
「誰?」
「名前はわからないんですけど、すごく強い人だと思います…」
言いながら顔を伏せてしまったナマエを見て、イルミはそれ以上聞くのを止めた。ぽんぽんとナマエの頭を撫でると、並んでベッドに腰掛ける。
「明日は起きたらすぐ帰ろう。家は安全だから」
イルミが小さく呟いた言葉に、ナマエは何度も頷いた後、やっと笑顔を見せた。イルミはベッドから降りてソファーまで移動すると、早く寝るようナマエに言って、そこに寝転がった。イルミが同じ部屋にいるのにベッドに寝るということに違和感を感じたナマエだったが、言葉に甘えて布団に潜り込む。疲れの溜まっていたナマエは、すぐに眠りに落ちた。
その翌日、ヨークシンからだいぶ離れた幻影旅団のアジトに到着したクロロは、ダーツの矢を眺めながら扉を開けた。ソファーにだらしなく座って、特に見るでもなくテレビを眺めていたフィンクスが振り返る。
「珍しいな団長、仕事じゃないのにアジトに戻るなんて」
「いや、仕事だ」
ダーツから視線を外さず、荷物を降ろす。フィンクスはそんなクロロの様子に疑問を感じ、テレビを消して体ごとクロロの方へと向き直った。
「なんだそれ?」
「…ナマエのだ」
「はぁ?!ナマエ?」
もうしばらく口にしていなかった名前、しかし決して忘れることはなかったその名前を久々に聞き、フィンクスは眉間に皺を寄せた。クロロはようやくダーツから視線を逸らすと、真剣な目でフィンクスを見て、前日に起こった事を話した。
「ま、マジかよ」
「ああ。今シャルを呼んでいるから、至急パンドラリングの現在の在処を探してもらおうと思っている」
「オイオイ、リングを探したってどうもならねぇんじゃねぇのか?それよりナマエを探した方が、」
「ナマエも探すが、実はリングの呪いを解く方法を見つけたんだ」
クロロはそう言って、フィンクスに一冊の古びた本を差し出して見せた。それは例の古本屋で見つけたものだ。フィンクスはそれを受け取りパラパラとめくってみるが、文字がぎっしりですぐに閉じてしまう。
「わかりやすく説明してくれよ」
「…リングを壊すんだ。直前に呪いを受けた者は、砕けたリングの放出する黒い煙を吸うことで、呪いから解放される。ただしこの方法を適用できるのは、記憶喪失の災厄を受けた者だけだ」
「死んだ奴とかリングの中にいる奴は、煙吸えねぇもんな。ナマエが本当に生きてるなら、アリだな。でももしそれがガセだったらどうすんだ?リングを壊したら一生解けなくなる可能性もあるんだろ」
「何もせずに待ったところで変化はない。それなら少しの可能性でも、賭けてみる方がいい。フィンクスは俺より博打好きかと思っていたが、意外と慎重派か?」
「うるせーよ、一応言っただけだ。ナマエのことだしな」
乱暴に言って、本をクロロに押し付けるフィンクス。クロロは小さく笑って、その本の表紙を撫でた。
「次の獲物はパンドラリング、それに…」
「ナマエ、か」
クロロの言葉を引き継ぐようにフィンクスが言えば、クロロは不敵な笑顔を見せ頷いた。それから持っていたダーツを優雅な手つきで壁に向かって投げると、自分の部屋に戻って行った。