「フェアリーテイル」
「フェアリーテイル?」
「キミの念能力だよ」

ナマエの目の前に立っているのは、ピエロのような格好をしている男、ヒソカ。ショッピングの最中イルミを見失ったナマエは、突然ヒソカに呼び止められ、過去を教えるからと言われ、なぜか一緒にカフェに入ってしまった。イルミに見つかったら何をされるかわからないのと、はぐれた癖に知らない男とカフェでお茶などしているという罪悪感のせいか、ナマエはどこかソワソワした様子だったが、ヒソカが口にした言葉に反応した。

「ヒソカさんは、昔のわたしの知り合いですか?」
「表向きは仲間かな」

表向き、という言葉が引っかかって、ナマエは眉を潜めた。いい関係ではなかったようだ。ヒソカが言った、ナマエの念能力というのも気になった。イルミとの特訓で念を思い出した今も、昔自分がどんな能力を使っていたかは思い出せなかったのだ。

「フェアリーテイル…おとぎ話?」
「そうそう」
「どんな能力だったんですか?」
「それを教えちゃツマラないだろ?」

ヒソカの言葉にナマエは考え込んだ。フェアリーテイル、という名前から、連想しろということだろう。

「ああ、それともう一つ、便利な能力持ってたね」
「もう一つ?」
「ワンダーグロウ、だったかな?」

ワンダーグロウ。こっちも聞き覚えのない言葉だ。自分の知らない自分のことを、知らない男から聞くなんておかしな話だ。信用できるとも限らない。

「ほんとのこと言ってます?」
「ああ、その方が面白いことになりそうだからね」

にやにやと笑うヒソカに不快感を感じつつも、やっぱり自分の過去は気になる。もう少し話を聞こうと思ったとき、ふと凄まじい殺気を感じた。隣のテーブルでコーヒーを飲んでいた男女が、気を失って頭を垂れた。ナマエは最近毎日のように感じているその殺気に、一気に顔を青くした。

「ナマエ、勝手に迷子になって何してんの」
「い、イルミさん!すみません!」
「しかもなんでコイツといるの」
「やあイルミ」

イルミは、にこやかに笑ったヒソカを見て、嫌そうな顔をした。それは毎日イルミの表情を見ていたナマエが、やっと見分けられるようになった、本当に微かな変化だ。

「ヒソカといたら変態がうつるから、帰るよ」
「ええ!まだ服買ってないですよ」
「ナマエが勝手にはぐれたのが悪いんでしょ」
「じゃあボクが盗ってあげようか」
「とっ盗るなんて駄目ですよ!」

ナマエが慌てて口にしたその言葉に、ヒソカは一瞬目を丸くして、すぐまたいつものにやにやした表情に戻った。

「昔のキミは、」
「ヒソカ」

言いかけたヒソカを、イルミの声が遮った。いつもよりはっきりとイライラが感じられる、強め口調だった。

「ナマエに余計なこと、言わないでくれる」

珍しいイルミの態度に、ヒソカはにやにやを崩さないまま、肩をすくめて見せた。それからお金をくしゃっとテーブルに置くと、立ち上がる。

「念の話はしちゃったから、ボクの奢り」

そのまま手をヒラヒラさせながら、カフェを出ていくヒソカ。

「念の話って?」
「…多分、昔のわたしが使ってた能力の名前です」

イルミは別のテーブルから一つイスを持ってきて、ヒソカの座っていたものを乱暴に角に寄せて、ナマエの正面に座った。同じイスには座りたくないらしい。

「なんて言われたの」
「名前しか教えてくれなかったんですけど、フェアリーテイルと、ワンダーグロウって…」
「ふーん」

自分から聞いておいて返事が素っ気ないのはいつものことだ。

「センスないね」
「え、フェアリーテイルとかかわいいじゃないですか」
「でもどうせナマエのことだし、そのまんまなんだろ」
「覚えてないです…」
「別に思い出さなくていいよ」

イルミの言葉に、ナマエはイルミを見た。考えていることの読めない大きな目はナマエをじっと見ていた。

「新しいの考えればいいし」
「そう…ですね」
「それより、ヒソカと知り合いってろくな人間じゃなかったんだね、昔のナマエ」

ガタッと席を立ち上がるイルミ。したい話は終わったとばかりに、ヒソカの置いていったお金を掴み、会計に向かった。

「さっさと行くよ」
「あ、はーい…」
「服選ぶの長かったら置いて帰るから」
「え?買っていいんですか?」
「ナマエって本当にバカ?なんのためにここ来たの」
「だってさっき、わたしが勝手にはぐれたのが悪いから帰るって…」
「言ってないし」
「言いました!」

それきり言い合うのを止めて先に歩いて行ってしまったイルミを追いかける。イルミはちら、とナマエの方に顔を向ける。

「ナマエは買いたくないの」
「買いたいです」
「じゃあ別にいいでしょ」

ナマエは少し納得していないような顔をしていたが、買ってもらえることに文句はないので、大人しくイルミに従うことにした。
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