雨に濡れながら走ると、どんどん体力を消費した。水を含んだ忍装束がぺっとりと重たい。しかし、スピードを緩める訳にはいかなかった。少しでも早く、少しでも遠くに行きたい。走りはじめてすでに一時間以上、わたしは町を抜け草原を抜け、林に差し掛かっていた。足に設計図の感覚を確かめつつ、林を駆け抜ける。

「待て」

どくん、と心臓が跳ねた。しかしわたしは足を止めなかった。と、わたしの鼻先すれすれを、手裏剣がかすめた。一瞬怯んだ隙に、腕を掴まれ、そのまま力任せに引っ張られる。体勢を崩したわたしの目に、ニヤリと笑う男の顔が映った。身につけているのは忍装束。男の後ろにはもう一人見知らぬ男と、潮江がいた。群雲城の忍者だ。わたしは袖に仕込んだ針で男の手を思い切り突いた。反射的に男は手を引っ込め、腕は自由になったが、今度は脇腹に衝撃を受けた。潮江に蹴りを入れられたのだ。そのまま両腕を塞がれ、水溜まりのできた地面に押し倒された。雨が直接顔に当たるので何度も瞬きをしていると、潮江の体がわたしに覆いかぶさった。雨が当たらない代わりに、潮江のイライラした顔が近くなった。馬乗りになられ、ほとんど身動きが取れなくなり、初めて潮江達に恐怖を感じる。

「設計図はどこだ」
「…知らない」
「言え」

ギリ、と潮江の手に力が入る。痛い。わたしは精一杯足をばたつかせたけれど、今度は別の男に押さえられてしまった。動かせるのは首、だけ。

「言えよ…お前の体を調べることになるぞ」

あ、ああ。潮江も迷っているんだ。わたしと七松に散々な目に合わされて、今はこれだけ優位にいるのに、まだわたしのことを少しでも傷付けないようにと考える。結局わたし達は、にんたまとくのたまなのだ。プロの忍者に一番近いと言われたって、経験、覚悟、考え方、全部が甘い、まだまだ卵なのだ。

「言え!」

潮江が声を荒げた時、何か光が走った。続く轟音に、わたしは思わず、何もかも忘れて叫んだ。

「キャアアアアアアア!」

雷。近くに落ちた気がする。わたしは昔から、雷が怖くて仕方ないのだ。突然大声で叫んだわたしに、潮江は少し体を反らせた。逃げるチャンスだったけれど、そんな余裕はなかった。ただ小さくなって震えるわたしを見て、交渉は無理だと判断したのか、潮江は設計図を探そうと、わたしの懐に手を入れた。はっとして、暴れようと振り回した腕は、再び押さえ付けられてしまった。掴まれた腕は、拒絶反応を示すように熱くなった。嫌だ、痛い、触らないで、助けて、七松、!

「名字!」

力強い七松の声と一緒に、鉄球が飛んできた。しかしそれは、潮江に当たって勢いが止まり、そのままわたしのお腹の上に落ちた。潮江がわたしの横に倒れるのを感じながら、わたしもまた、衝撃で意識を手放した。








次に気が付いた時、まだお腹は痛かったけれど、温かくてなんだか安心した。目を開けると、心配そうな顔の七松。妙に近いと思ったら、わたしは七松の膝に座って抱きかかえられていた。道理で温かいはず。わたしが何度かぱちぱち瞬きしてから七松を見ると、七松は嬉しそうに笑った。

「良かった、意識はハッキリしてるな」

わたしは黙って頷いた。どんな顔をしたらいいのかわからない。七松から視線を外し周りを見たら、洞穴のような場所で、奥には焚火があった。外は変わらず土砂降りだったが、もう夜は明けたようだ。

「実習の時と似ているな」
「二年生の時の?」
「ああ」

あの時七松は、怯えるわたしの手を握って、大丈夫、大丈夫とずっと声をかけてくれていた。今はもっと近い。会話をするにはあまりに近い。急に恥ずかしくなったわたしは、やんわり七松の腕を開き、地面に腰をおろした。お腹痛い。

「なあ」
「うん」
「なんとなく話はわかる。でも、説明してくれ」

七松の目は、あの真っ直ぐなものだった。わたしに逃げる場所はなかった。

「わたし、月読城じゃなくて、明星城に雇われてるの」
「…ああ」
「わたしの忍務は、設計図を明星城に届ける、こと」

よくわからないけど、泣きそうになった。

「わたし、この試験もう駄目ね…七松、設計図を月読城に届けて来なよ」
「私も同じだよ。名字が私の味方じゃないことはもうわかっていたんだ、今設計図を奪って月読城に行くことだってできた」

七松は真剣な表情を崩して、ちょっとだけ笑った。

「そうしなかったのは、何故だと思う?」
「さあ」

すぐに答えて、しかし七松が何か言う前に素早く付け足した。

「でもきっと、わたしも、同じこと考えると思うけど」

わたしは気付いた。七松が好きなのだ。本当はきっと、もっと昔から好きだったのだ。気付かないふりをしていただけで。
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