結局わたし達は、真夜中に町に着いた。途中で着替えた商人の服もびしょびしょに濡れ、とても惨めな姿だった。そんなわたし達に同情してくれた宿の主人が、空き部屋はないが良ければ使いなさい、と厨を貸してくれた。適当にあるもので食事を作らせてもらい、釜戸で暖も取ることができて、わたし達は少し元気になった。

「設計図は濡らしてないか?」
「大丈夫、空の水筒に隠してあるから。それより七松、見取り図は?」
「実は頭で覚えただけで、まだ図に書き起こしていないんだ。紙はあるか?」
「ないわよ。明日宿の人にもらいましょ。今日はもう、無理…」

安心したらもう、起きている元気はなかった。わたしの意識は一瞬で飛んだ。





「名字!」
「んん…七松」
「厨は邪魔になる。朝食の前に荷物を持って食堂の方へ移動しよう」
「…今何時」
「まだ夜明け前だ」
「七松寝た?」
「少しな」

わたしは懐にある水筒の中の設計図を確認してから、荷物を持った。外は湿っぽいにおいがするけれど、雨はあがっていた。食堂に向かう途中で、朝食の準備に起きてきた宿の人とすれ違い、洗面所を教えてもらう。

「腹減ったなー」
「でもあんまり食欲ないかも」
「食わなきゃやっていけないぞ!今日だって戦闘になるかもしれないんだからな」
「そうだよね…」

顔を洗って食堂に一番乗りして、宿の人にもらった紙に群雲城の見取り図を書き起こす。あやふやな部分もあるが、攻めるには申し分ない見取り図ができた。

「これで文句ない合格点だな!」
「んー」
「なんだよ、喜ばないのか?」
「あー…いや、だってさっき七松も言ったでしょ、まだ安心はできないのよ」
「それはそうだけどさ」

一般客も起きてきたので、この話は打ち切りになった。わたしも七松もしっかりと朝食を食べた。食欲がない気がしたけど、実際に料理を目の前にしたら、胃は素直だった。

「さあ、今後の作戦会議といくか」

食事を済ませた後、七松が言った。

「そうね、空いた部屋を借りてくるから、七松は少し待ってて」

わたしは七松を残して席を立つと、宿の主人の部屋に向かいながら、深呼吸をした。わたしの勝負もここからだ。七松との、自分との、勝負。





今日は一日、そのまま宿を借りて、町で待つことにした。早く動くと群雲城の兵にばれるかもしれないからだ。群雲城でのわたしは男装だったが、潮江がいるから多分変装は無駄になるだろう。それに、朝はあがっていた雨も、再び降りだしていた。昨日より雨足が強い。

「ここから月読城まで、意外と距離があるのね」
「商人の格好のまま行こう。群雲城の密使がいるかもしれないからな。それに、明星城の動きも気をつけないと」
「群雲城の混乱は、もう明星城にばれてるのかしら」
「恐らくな」

明星城。ここからだとかなりの距離があるけれど、行くなら今夜しかない。七松を押さえ付ける自信はないから、七松が寝た後にこっそり抜け出すしかない。群雲城と月読城の目を盗んで、ちゃんと城まで辿り着けるだろうか。

「なあ、名字」
「何?」
「設計図なんだが、私が持っていた方がよくないか?」
「…どうして?」

少し、どきりとする。

「最後に狙われるのは、やっぱり設計図を持っている方だろ?それだと名字の方が危険じゃないか?」
「そんなことないわ。それに男と女がいたら、男の方が大切な情報を持っていそうって思われると思うの。七松が時間を稼いでくれれば、その間にわたしは設計図を届けられるわ」
「そうかな」
「そうよ」
「ならいいんだが」

七松は心配そうな顔をした。ごめんなさい、七松。本当はこの設計図を持って逃げる為だなんて、絶対に言えないし、態度に出してもいけない。

「そんな顔しないで。昨日あんなに大変だったから、ピリピリしてるのよ。気晴らしに買い物でも行く?」
「いや、フラフラ出歩かない方がいい。今日は宿に留まっておこう」
「七松らしくないのね」
「私だってにんたまだからな」

にんたまという言葉は七松に似合わない気がした。彼はすでに立派に忍者だった。

「はあ、しかしそうなると暇だな」
「しりとりでもする?」
「おお!懐かしいな!」
「覚えてる?昔、実習中に洞穴でしりとりをして待ったの」
「覚えてるさ。台風に遭ってしまって、名字が雷に怯えて、恐さを紛らわすためにやったよな」
「あの時の七松、頼もしかった気がするわ」
「あれは二年生の時だったな」
「そうだった?七松と行った実習が多くて、年は忘れてしまったわ」
「私は全部覚えてるぞ」

じっと目を見られて、思わずそらした。

「それじゃあ、私から。り、からでいいよな!」
「あ、うん」

七松の瞳は昔から変わらない。真っ直ぐで、強い力を持った目。真剣な顔をした時の七松の目は、目をそらせないような、しかしそらしたくなるような、曲がることのない鋭い鋼のようだった。





夕飯を済ませ風呂に入ると、七松は早くも眠たそうに目を擦った。昨日も少ししか寝ていないと言っていたし、疲れが溜まっているんだろう。早く寝てくれた方が好都合だし、ぐっすり深い眠りに入ってくれれば尚良しだ。

「名字、すまんが今日は先に寝るよ」
「うん、しっかり休んだ方がいいわ」
「ああ。お休み」
「お休み」

わたしはもう一度設計図を確認して、水筒からもっと小さな筒に入れ替え、布で足に縛り付けた。外は、どんどん雨の勢いが強くなっている。でも、行くしかないのだ。七松はもう寝息をたてはじめていた。わたしは七松がもっと深い眠りにつくまで待って、宿を抜け出した。時間は真夜中、天気は土砂降り、月も星もなく視界最悪。なんて忍者日和なんでしょう。頭巾で顔まで覆うと、雨音でうるさい町の中を、音もなく駆け出した。
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