翌日、また変装をして宿を出ると、必要な買い物を済ませて群雲城に向かった。森の中で、わたしだけ、今度は男装に着替える。午前中いっぱい観察したけれど、見張りの交代は三時間ごとでほぼ間違いない。前の見張り交代から二時間半ほど経った頃、わたし達は町で買った薬を混ぜ合わせた睡眠薬で、見張り番を眠らせた。それから着ているものを全部剥いで、刃物を持っていないか調べて、森の中の見つかりにくい場所に縛り付ける。目が覚めても、わたし達の顔はばれていないし、助けが来るまでには時間がかかるだろう。後は次の交代を待って、城に侵入するだけだ。わたしと七松は見張り番の着ていたものを全部身につけ、被り物を深めに被った。化粧である程度ごまかしても、同僚を騙すのは難しいだろう。





「交代だ」

聞こえた声に、ヒヤリとした。聞き覚えがある。そっと、こちらの顔があまり見えないように確認すると、それはやはり六年い組の潮江だった。当然彼もまた、卒業試験の最中なのだ。潮江の希望は、群雲城らしい。くのたまが一緒にいないのを見ると、別々で警護に当たっているようだ。七松もすぐに気付いたらしく、そっと顔を伏せた。
「ああ」

わたしは出せる限りの低い声で短く返事をして、顔を合わせないよう城の方を向いた。しかし潮江はその行動を不審に思ったのか、わたしの肩を掴んだ。

「返事は顔を見てしろ」

ぐい、と振り向かされそうになったところを、七松の手が止めた。

「気にするな。新入りがでしゃばりたがるのは毎年だ」
「何っ…」

七松の声も、いつもより低く、すぐにばれてはいないようだ。潮江と一緒に来た見張り番は、ヒヤヒヤしながら様子を見ている。

「顔を見せられんとは、怪しい奴だ」

新入りとばかにされて苛立った潮江が、無理矢理わたしの顔を見ようと被り物に手をかけた。その瞬間、わたしは潮江の顎を蹴り上げた。脳が揺れて、潮江の動きが一瞬止まる。その隙にさっきの睡眠薬を潮江に嗅がせ、手足を縛り上げる。ついでに、無駄に馬鹿でかい声を出されないように、口に布を突っ込んだ。七松は、動けないでいたもう一人を気絶させていた。

「そっちも気絶させておけよ、しぶといから」

七松が潮江を指した。確かに、強力な睡眠薬だったはずなのに、潮江は暴れて抵抗している。わたしはその腹部、急所を確実に狙って拳を入れた。苦しそうな呻き声の後、一瞬わたしを睨みつけてから、潮江はガクンと首を垂れた。

「面倒なことになったな」

二人の体も森の中に隠してから、わたし達は城に入り、人気のない倉庫の裏で一度相談をした。

「城の中にいられるのは三時間ね、それ以上は見張りがいないことがばれちゃう」
「とにかく早く済ませよう。着物は預かる」

見張り番の着物を全て脱ぐと、動きやすい黒の忍装束になる。七松は入り口から、わたしはこっそりと屋根に飛び移り屋根裏から、城内に侵入した。





埃っぽい屋根裏には、所々罠が仕掛けられていた。しかし幸い出来はあまり良くなく、それらを避けながら進むのは容易だった。忍術学園のそこらじゅうにある罠の方が、ずっと出来がいい。あれのお陰で、わたしの忍者としての勘も磨かれたのかもしれない。物音を確認しながら、下の様子を覗きながら進んだが、どうやら重要なものが隠せそうなスペースはない。と、ふとわたしは大切なことを思い出した。

「明星城からの密書…」

そう、七松と完全に別行動の今がチャンスだ。わたしは襟元に忍ばせていた文を取り出した。慎重に開いて、暗闇の中で目を凝らす。内容は、群雲城にも月詠城にも新兵器の設計図を渡さないことと、群雲城に奇襲をかける準備をすることだった。わたしは何度かそれを読み返してから、屋根の上で燃やした。晴れていた空は、どんよりした曇り空に変わっていた。





城に侵入してから、すでに一時間以上は経っていた。先に、奇襲をかけるための準備で、城内を混乱させるために火薬を仕掛けたが、設計図に関する情報は何も得れていない。少し焦りが出てきたその時、ヒュッと風を切る音が聞こえた。咄嗟に伏せて避けたそれは、八方手裏剣。主に暗殺に使われるものだ。もう一度冷静さを取り戻して、じっとそれの飛んできた方を睨みつける。ガタガタと音がした。どうやら逃げようとしているらしい。逃げられて報告されるのが一番困る。ここで音を立てるような相手なら、大丈夫だ。落ち着いて、落ち着いて、わたしは音を立てずに敵に近付き、苦無を投げた。カッと音がして、敵の装束を梁に縫い付ける。逃げようと暴れる敵に拳を一撃、それから下に押さえ付けて、闇に慣れた目でその顔を睨んだ。思わず、あ、と声が漏れる。よく知った顔、今まで一緒に授業を受けてきた、くのたまの友達だ。彼女は変装したわたしをわたしだと気付かず、暴れようとした。

「ごめんね」

わたしはもう一度彼女を殴った。彼女はガクンと崩れる。本当の忍者なら殺すべきだろうか。さっきの門番も、顔を見られた潮江も、殺すべきだっただろうか。

「…これは試験だもの」

わたしにも、彼女にも、次がある。これは試験。自分に言い聞かせて、わたしは彼女の刃物を回収にかかった。と、懐に突っ込んだ手がカタリと何かにぶつかる。あっ、と思って取り出すと、小さな箱だった。様々な形の破片を組み合わせて作られているそれには見覚えがある。決められた順番で外せば開く、からくり箱。この手の頭を使うことは得意だ。わたしは夢中で仕掛けを解いて、箱を開けた。中身は、小さく折り畳まれた紙。緊張しながら開くと、複雑なからくりの図解と文字。どうやらわたしの探していたもののようだ。彼女が守ると名乗り出たのだろうか、それとも潮江か、群雲城の忍組頭の指示だろうか。とにかく箱を彼女の懐に戻し、兵器の設計図だけ持つと、わたしは屋根裏を出て屋根に登った。人がいないのを確認してから屋根から飛び降りたが、その次の瞬間、周りを囲まれて一瞬頭が真っ白になった。

「残念だったな!」

嘘でしょ、と思いながら振り返ると、縄で縛られて暴れる七松と、勝ち誇った笑みの潮江、そしてたくさんの兵士。わたしは血の気が引いた。

「勝負あったな、名字」
「潮江…一体どうやって、」
「お前達が唯一逃げる道は裏口だけだが、仲間の小平太を置いて逃げるなんてできないだろう?」

ここで七松を置いて上手く逃げられれば、自分の試験はクリアすることができる。でもわたしは迷ってしまったのだ。潮江がジリジリとわたしに近寄る。縛られた七松が何か訴えるように暴れる。もうどうなっても知らない、戦おう、と決めた時、潮江に腕を掴まれた。思い切り振り払う前に、潮江が煙玉を投げた。視界に煙が広がる。

「走れ!」

耳元で潮江の声がして、引っ張られる。わたしはようやく状況を理解した。

「七松?!」
「私の変装もなかなかだろう!」

煙幕を抜けた潮江が自らの顔を剥がすと、にっこり笑った七松の顔が現れた。わたし達はそのまま裏口に向かってひたすら走った。裏口の警備は、相変わらず二人。状況が理解できていない見張り番を一気に倒して、わたし達は城の外へ飛び出した。森に入ってしまえば、隠れるのは容易い。

「縛られていたのは誰?」
「私が化粧した潮江だ!」
「せっかく決めたのだから、さりげなく合言葉を言ってくれれば良かったのに!」
「すまん!忘れた!」

さすが七松。ため息しか出ない。

「城の見取り図はどうなったの?」
「ある程度はできた。そっちは?」
「大丈夫、盗ったわ」
「さすがだな!」
「確認もせずにあんなことして、もし盗めてなかったらどうするの?警備が固くなって、二度と群雲城に侵入できないかもしれないじゃない」
「信じてたからだよ、名字が出てくる時は全部終わってるとな!だから私は逃げる準備を済ませておこうと思ったんだ」

信じてる、か。言われて悪い気はしない。わたし達は朝いた町には戻らず、そのまま月読城の治める町へと向かった。時間はすでに夕刻で、小雨が降り始めていた。

「体を冷やすのは良くないな、急ごう」

群雲城を出てからも、掴まれたままだった腕。冷えたことによって、七松の手の暖かさが強調された。わたしは本当に七松を裏切って、明星城に密書を届けることができるだろうか。
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