試験前日に与えられたこの一日は、体を休めたりするためのものではない。むしろ、試験は今日からすでに始まっている。試験に備えて、いろんなことを用意しなければいけないのだ。例えば、地図。わたしも七松も、群雲城の場所を知らない。できるなら城内の見取り図も欲しいところだけど、それは難しいだろう。とにかくこの一日を使って、できる限りの情報を集めることが大切だ。わたしはとりあえず、七松を探して学園内を歩き回った。さすがに今日は塹壕掘りなんかしていないだろう、と思いながらも、庭を中心に探していると、手ぬぐいを持った七松が向こうから歩いてきた。

「お、名字!私達、ペアだってなあ!」
「七松!どこにいたの、探したわ」
「ランニングしてたんだ!じっとしていられなくてな!」

七松は手ぬぐいを首に掛けて明るく笑った。試験前日に無駄に体力を使うなんて馬鹿だ、という言葉は胸にしまっておいた。相手は体力馬鹿の七松なのだ。

「七松、群雲城の場所知ってる?」
「いや、知らない」
「やっぱり。ランニングしてないで、調べるよ」

わたしは七松の襟首を掴み、図書室の方に向けた。七松はランニング後、汚れた顔や手足を洗ったらしかった。手ぬぐいがその印だ。これなら中在家くんも怒らないだろう。七松は、図書室だな!と言うとぴょんと廊下に飛び乗り、わたしの前に立ってずんずん進んだ。

「七松、頑張ろうね」
「ああ!二人で合格しよう」

振り返ってにっこりした七松に、少し胸が痛くなった。




「着いたぞ!長次ー!」
「七松、うるさい!」

図書室に着くなり、七松は楽しそうに襖を勢いよく開けた。しかし、そこに中在家くんの姿はなく、いつも彼が座っている場所には五年生の不破くんがいた。

「あれ、不破?」
「中在家先輩は卒業試験の準備で忙しいので」

そうだった。六年生は皆、卒業試験なんだった。今は違和感を感じることも、あと数ヶ月もしたら普通になるのだ。不破くんに、騒がないで下さいねと釘を刺され、わたし達は静かに本棚を探した。忍術学園の図書室の蔵書量は半端ではなく、今の地形とは違うくらい古い地図や、今はもうない城の情報などもそのまま置いてある。

「とりあえず、月読城の近くから探す?」
「ああ、あと月読城と群雲城と敵対してる、明星城という城もあるらしい。多分この三つの城が領地争いをしていて、有利に進める為に密書が必要なんだろ。だから、明星城の近くも探した方がいいと思うぞ」
「思うぞじゃなくて、七松も探してよ」
「明星城ってどの辺だ?」
「こ、こ」

わたしは地図を広げ、力強く明星城を指差した。七松は大人しく地図上を探し始める。わたしもホッとして、月読城の周辺から群雲城を探した。月読城は丘の上に建っており、見通しがいい。周りにはまず町があり、その外側に草原が広がって、離れて行くと林、そしてやがて森に行き当たる。地図はそこで途切れた。続きの地図を探していると、七松があっと声をあげた。

「名字!あった、群雲城だ!」

七松が指さしたのは、周りを森に囲まれた城。月読城や明星城に比べたら、少し小さめの城だ。それでも他の二つの城が密使を出すということは、きっと軍事力は群雲城が強いのだろう。一方、わたしの希望する明星城は海の近くの城。三つの城はちょうど三角形を描くように存在していて、いかにも領地争いが起こりそうである。

「別に、領地争いと決まった訳じゃないけどね」
「密書を奪うってことは、それなりのことだとは思うけどな。まあ、それは明日になればわかる!」
「そうね、じゃあ後は…」
「自主練!」
「馬鹿!何考えてるの、作戦会議よ」
「まだ具体的な内容がわかってないのに、」
「もう、七松は実習の時からそうなんだから!合言葉とか、もしもの時に備えて決めなきゃいけないことは、たくさんあるのよ。明日はもう出発なんだから」

七松の言葉を遮って言い切り、図書室を後にする。

「どこへ行くんだ?」
「空き教室よ。ああ、あと、筆談するから紙を持ってこなきゃ」
「筆談の必要あるか?」
「だって、忍術学園に、群雲城や明星城についてる人がいないとは言い切れないわ。もしかしたら中在家くんが群雲城の味方かもしれないよ?」
「それもそうだな。なら空き教室より、用具倉庫がいいぞ!このくらいの時間は、人が近くにいない」
「そうなの?よく知ってるのね」
「よくボールを取りに行っていたからな!」

七松は自慢げだけど、それは噂の体育委員会の予算減額の原因なんじゃないだろうか。

「返しに来る時はどうなの?」
「どうだろうな。いつも壊して、返せないんだ!」

やっぱり。呆れたけれど、今は一番そこが作戦会議に適してるかもしれない。卒業試験前だし、ボールを拝借する訳でもないし。きっと会計委員会も用具委員会も怒らないだろう。
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