5月の初めから始まったフットボールフロンティアの地区予選も、ようやく今日、決勝戦を迎えた。順調に勝ち上がった大海原中サッカー部の選手達は、しかし皆、浮かない顔をしている。中でも得にイライラした表情のなまえは、携帯を耳にあてたまま足元の石を蹴っていた。

「あー、もう!つながんない!バカ監督!」
「キャン、あと何分?」
「ええと…あと10分」
「何回かけたら繋がるの、もう!もっかいかける!」

なまえの携帯の発信履歴は、監督の番号で埋まっていた。もうすぐ決勝戦が始まると言うのに、何度電話をかけても監督は出ない。監督不在での試合は、認められない。つまり不戦敗となってしまうのだ。一番近くでずっと部員達の頑張りを見ていたマネージャーのなまえは、部員達以上に怒っていた。さっきから何十回も聞いている無機質な発信音に、なまえの眉間のシワが一本増えた時、ようやく発信音が途切れ、はい、と声がした。

「監督!みょうじですが!」
『うおっ!いきなり何怒ってるんだ、みょうじ』
「何怒ってるんだじゃないですバカ!バ監督!どこにいるんですか!」
『お前、監督に向かってなんて口の聞き方だ!今は、祭に来てるが…』
「ま、ま、まつ…り?祭って言いましたか?」
『あ、ああ』
「今日!何日かわかりますか!何の日かわかりますか!わたしの怒ってる意味、わかりますか!」
『今日って……あ、あああああ!』

携帯ごしの大声は、なまえの周りに集まっていた部員達にまで聞こえた。思わず、耳から携帯を離すなまえ。

『わ、悪い!今何時だ?!』
「あと5分しかありませんよ!5分以内に来てくれないと、大海原中は、ふ、不戦敗に、なるんですからね…!」
『わかった、急いで行く!本当に悪かったから、泣くなよみょうじ…!』
「なら早く来て下さい、絶対に、間に合って下さい!」

なまえはそれだけ言って、電話を切った。本当に目に涙を浮かべているなまえに、部員達もどうしていいのか、少しソワソワしていた。なまえは涙を乱暴に拭うと、携帯を両手で握って、祈るような仕種をした。もう、できることは、待つのみなのである。



翌日。部室のベンチに正座させられた監督の前に、なまえが仁王立ちをしていた。

「監督、祭はいかがでした」
「本当にすまんかった…」
「わたしはいいんです、辛いのはずっと頑張ってきたみんなです!監督だって、見てきたでしょう!」
「本当に急いだけど、間に合わなかったんだよ」
「急いだのもわかってます!超息切れてたから!でもわたし30分くらい電話かけ続けてたんですから、もっと早く気が付いてくれても、よかった、のに…」

しゅんとした監督と、再び泣きそうななまえ。結局間に合わなかった監督は、不戦敗が決まった10分後、ヘロヘロになりながらも全速力で決勝の会場に到着した。ユニフォームを着替えに行っていた選手達の代わりに外で待っていたなまえは、その時は無言で泣いていた。そして、ある程度落ち着いた今日、改めてお説教となったのである。ただ謝ることしかできない監督、もう終わってしまったことだとわかっていても気持ちを抑えられないなまえ。しばらく同じようなやり取りが続いたけれど、なまえが黙ってしまったので、監督も何も言えず、なまえの後ろに並んでいた部員達も気まずそうに視線をさ迷わせた。その沈黙を破ったのは、音村だった。

「もういいよ、なまえ」
「楽也…」
「さすがに監督が惨めになってきたよ。それに、なまえがそれだけこの部のことを考えてくれてたっていう気持ちだけでも、俺達嬉しいから」

振り返ったなまえの肩に、ぽんと手を置いて、音村が笑う。

「俺達は2年なんだから、まだ来年があるだろ。また今日から練習して、来年こそ、フットボールフロンティア優勝目指そう」
「…キャンも、なまえの言葉だけで、十分嬉しかったよ。ありがとう。なまえと一緒なら、また頑張れるよ」
「こんだけ言われたら、さすがの監督も、もう遅刻できないだろうしな!」
「そうだよ、だからそんな泣きそうな顔するなよ、みょうじ」
「俺達も、もっと強くなって、来年は絶対全国にいってみせますから!」
「みんな…」

今度こそ、涙が零れそうになったなまえに、足を崩した監督が頭を下げた。

「本当に面目ない、俺は監督失格だな…」
「バカ!」

なまえが監督の足を蹴った。ずっと正座で、完全に足が痺れていた監督は、声にならない叫びをあげた。

「また、一年頑張るのに、監督以外の監督なんていません!ちょっと呑気でバカだけど、大海原の監督は監督だけです」
「お前、バカバカ言いすぎ…」
「今回は、みんなに免じて許してあげます。これからは、もっとしっかりして下さいね、監督」

グッと涙を拭いたなまえが笑うと、監督も少し照れ臭そうな笑顔を返した。

「よし、じゃあ練習するか」
「イエーイ!」
「目指せフットボールフロンティア優勝!」

盛り上がりながら部室を出ていく部員達の背中に、なまえは小さくありがとう、とつぶやいた。



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