ウェイバー・ベルベットは、眼前に広がる光景に目を疑った。
もしかしたら見間違いかもしれない…いや、そうであってくれ、と目を強くごしごしと擦っても、眼下の光景は変わらない。


やっぱり、どう見ても、明らかに……昨日は無かった筈のものが増えてる。



「なんだ、坊主。口内炎か?」



何ら悪びれる様子もなく、不機嫌そうにぶすっとむくれたウェイバーの肩を2、3回ぽんぽんと叩き、全ての元凶である赤毛の大男は言い放った。



その様子により一層腹をたてて、ウェイバーは全身全霊を込めてこの大男――イスカンダルに叫ぶ。



「今度は一体全体どこから盗ってきたんだよ!!!」





研修を終えて間もない、やや幼く見える少年、ウェイバー・ベルベットの最初の患者は 、盗癖のある大男だった。


当初は、窃盗犯なんて警察に突き出せよ!と突っぱねたウェイバーだったが、その旨を聞いた指導役で先輩精神科医のケイネスに『この程度の患者を治せないなら、他はもっと君には荷が重いだろうな』とやたら嫌味ったらしく言われ、ウェイバーはこの大男を品行方正の真人間に更正して、ケイネス含め先輩精神科医達を見返してやろうと固く心に決めたのだった。



ウェイバーは明らかに会計の済んでないだろうよく分からない品々を見て溜め息をついた。



イスカンダルの窃盗は、一般のそれとは大きく異なっている。
武器で脅すこともしなければ、人目を盗んでこっそりと行うこともない。ただ、適当に気に入った物を見つけると「うむ、余はこれを頂くぞ!」と高らかに宣言し、かっ拐ってゆくのだ。イスカンダルの窃盗方法――本人は“略奪”と言うがウェイバーには至極どうでもいい――は、ウェイバーの治療の悩みの種だった。


窃盗は悪いことだ、などと良心に訴えかけようとしても、そもそもここまで堂々としていると、良心の呵責に頼るなんて考えるだけ無駄だろう。



かといって、このままイスカンダルの横暴を黙って見てるわけにはいかない。
ウェイバーの脳裏に自分の貯金通帳が浮かぶ。
イスカンダルの治療費は、言ってしまえば――彼による窃盗の被害者から払われていた。



そうなのだ。イスカンダルにはなんと言うか…カリスマ性みたいなものがあって、例え相手が初対面であったとしても、しばらくしないうちにすっかり打ち解けてしまう。



これがこいつが警察に突き出されない理由だよなぁ。
ウェイバーは大きく溜め息をつく。
――それから、ぼくに追い出されない理由でもある。





本日も、ウェイバーはイスカンダルが盗んだ品々を返して廻って行く。
謝りに行っている筈なのに、大体の場合は、頭を下げて帰る頃にはイスカンダルはすっかり店主と仲良くなっているし、更にはお土産までもらっている始末だ。


「…お前、今の店でなんか盗んじゃいないだろうな?」
「安心しろ坊主!店頭にあった看板ぐらいだな」
「バッカ!今すぐ戻してこい!!」



豪快に笑う大男にウェイバー・ベルベットは頭が痛くなる。



――あーあ、この馬鹿ときたら、本当にどうしようもない。
ぼくがずっと側にいてやらないと、本当にどうしようもない。








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