腹の下をそっと撫で付けて、子宮の中に在るという新しい命の感覚を確かめようと思ったのに、指先には何の温かさも返ってこなかった。



退屈さに溜め息をついて、代わりに間桐桜はすっかり黒く染まりきったその両手で確かな冷たさを包み込んだ。



にっこりと、紅い紅い唇の端を歪めて少女は笑う。桜は長い間それが欲しくて欲しくて堪らなかった。虫が光に焦がれるように、間桐桜はその日溜まりを求めて止まなかったのである。



“それ”に頬ずりして、その生命のない気味の悪い温度に陶酔する。
大嫌いな姉さんも、もう私からこれを奪うことなんて出来ない。
大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな大嫌いな世界だって、もう私からこれを奪うことなんて出来ない。



ずっと焦がれていた“それ”を手にした時に、“それ”をどうするか、桜は分かっていた。
一種の本能が、それを告げたのかもしれない。



だって“それ”を取られてはいけない。



邪魔な騎士にも、狡い姉さんにも、“それ”を取られたら間桐桜は生きていけない。



だから、間桐桜は“それ”を“呑んだ”。



黒くて泥々して温かい桜の中に、それは冷たく広がって、桜の体の爪先からてっぺんの髪の先まで染め上げていったのだ。



もしかしたら、これが『愛しさ』だったのかもしれないと、桜は思う。
色を無くした髪の色も眼の色も“それ”が新しく染め上げてくれていくようで、大嫌いな自分を塗り潰してくれるようで、それは桜はこの世に生を受けてから一番、幸せな瞬間だった。



「けど、もう、確かめようのないことですね」



そっと“それ”を抱き締めて、桜は笑う。
こんなに歪になってしまったけれど、桜はやっぱり“それ”が、衛宮士郎が好きだった。
だから、その顔を見ながらゆっくりゆっくりその身体を食んでいくために、首だけはずっと取っておいたのだ。



けど、もう、おしまい。



「さよなら、先輩」



そう言って間桐桜は衛宮士郎の首を一口に呑んだ。



それが、産まれてくる子供の為に、この世全ての悪の糧となるように。









―――だって、この子の母親が私なら、父親は先輩じゃないといけないじゃないですか。









:蟷螂の斧