――駄目だ。自分には出来ない、凛を殺すなんてこと出来っこない。
覚悟も、願いも、そもそも記憶すらないというのに、自分にはあの眩いほどに気高い理想を掲げた少女と闘うなんて不可能なのだ。


“自分は、この6回戦を棄権する”



そうラニに伝えると、目を合わせずに逃げるようにその場を去った。
そうしないと、ラニの声が、罵倒の言葉が、労りの言葉が、聞こえてきてしまう気がして、ただただ恐ろしくて堪らなかった。




そうして自分はこの電脳聖杯戦争から逃げ出した。







マイルームに、彼女はいた。

この聖杯戦争を共に戦ってきたもう一人のパートナー、自分のサーヴァント、キャスター。

自分は結果的に彼女を裏切ったのだ。
これまで尽くしてきてくれた彼女を、その細い身体をぼろぼろにさせて至らないマスターのためにここまで戦ってきた彼女を、こんなにも酷い形で。
彼女だけじゃない。仮初めの日常とはいえ確かな友人だった慎二を、真摯な願いを抱いた老騎士を、年端もいかない無邪気な少女を、これまで戦ってきた全ての者たちをも、裏切ろうとしているのだ。

“遠坂凛を殺せない”

自分が話を終わるまで、彼女は黙っていた。じっと、時折頷き、静かにこちらを見据えながら、彼女はそれを何も言わずに聞いていた。


じゃ、新婚生活しましょっか。


話が終わると彼女はそう言ってにっこりと微笑んだ。






その後の4日間はただひたすらに優しかった。

もし自分がまた記憶を失う破目になっても、どこか魂の奥底でこの4日間のことを忘れないでいれたらいいと願ってから、誰に願えばいいのか分からないことに気が付いて、代わりにキャスターの頬に口付けた。



「きゃっ、ご主人ってば大胆!あ、間違えました!あ・な・たっ」



腕の中の彼女が笑う。その様子は今までと一切変わらない。ちょっぴりと毒があってあざとくて一生懸命な、自分の可愛いサーヴァントだ。
けれども今日は6日目。
この優しい世界は、泣いても笑っても、今日で終わりを迎える。


「ご主人様」


ふと、キャスターが顔を上げた。




「ご主人様が何をしても、例えそれを神様が許さなかったとしても」







私は、許しますからね。






なんて、彼女が優しくて、出口なんて無いのに月の裏側まで彼女と逃げていきたくてたまらなかった。








月から駆け落ち


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