もしもの話。降りた聖杯の力がとってもとってもそれこそ魔法みたいにすごくって、中身をサーヴァントの魂で満たす必要がなくても十分に7人のマスターとそのサーヴァントの願いを叶えられて、それからまだ余った力で世界中のみんなが願いを叶えられたとしたら、そしたら、そしたら……


「…それは全部、例えばの話だよアイリ」


そっと、囁くくらいに小さな声で切嗣が言う。聞き分けの悪い小さな子供に困惑するような、優しくて悲しい口調だった。
吹き付けた風に窓がカタカタと鳴く。
切嗣の言うことは正しい。私も、こんなことは今話すべきことなんかじゃないなんて、本当は分かってる。
けれど、誰もが笑って幸せに終わる、ハッピーエンドの物語が、私は、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、どうしても好きで好きでたまらないし、戦争なんて救いのないものに都合のいいハッピーエンドを求めるには、やっぱり少しの“if”《もしも》が必要みたいだった。本当は、そんなもしもが現実には起こり得ないことなんて分かりきってる。
みんなの願いは同時には叶わない。だから切嗣が出来るだけ沢山の人を救おうと、これまで生きてきたことだって知ってる。

けれど少しだけ。優しい《もしも》に、すがり付けたら。例えば、私はアインツベルンの聖杯じゃなくて、衛宮切嗣を愛するただの女。ごくごく普通に幸せで、ごくごく一般的に結婚して、二人で一緒に老いていく。
いつか切嗣が持ってきてくれた、あのセピア色の映画のワンシーンを、切嗣と。

笑ってしまうくらい、他愛のない妄想。

だけれどそんな《もしも》を願った。どこかのパラレルワールドか何かの隅っこで、そんなアイリスフィールと切嗣が存在しますように。それはどうしようもなく私達じゃないけれど、切嗣と、切嗣と共にあるアイリスフィールの幸せを、心の底から願う。

「切嗣」

両の手のひらで切嗣の右手を包み込と、切嗣の手はひんやりと冷たかった。

聖杯の担い手として生まれついたことを、私は後悔していない。

私は聖杯として、切嗣の願いを叶えられる。
世界で誰かが悲しんでいる限り、幸せになれない切嗣を、苦しみから解き放ってあげることができる。

切嗣が幸せになれますように。もうあんな目をして、独りで悲しい思いをすることがありませんように。


「聖杯戦争を、勝ち抜いてね」


世界中の幸せを、衛宮切嗣の幸せを、アインツベルンの聖杯はただ一心に願っていた。





:殻と雛

120308
- ナノ -