爪の間の土がついた
そう気が付くと無意識に手を離していた。
はらはらと床に落下したそれは、大人しくまばらに散った他の仲間たち――虫食いや変色のあった花弁や、それらの花粉や、土に混じっていく。
足元の散らばったそれらはトウヤの靴を元の色が分からないくらいに汚していた。それはトウヤに対しての、せめてものささやかな報復のつもりだったのかもしれない。
しかし、トウヤはそんなことを気にとめようとしなかった。
ある種の神聖な行為にとり憑かれたように、トウヤはただ一心に、花弁を散らすことに没頭していた。
慎重に、丁寧に、一瞬一瞬を緊張して、虫喰いのない、変色していない、完全で美しい花弁だけを選びとっていく。
そうしてようやく浴槽が満ちてきた。
ほっ、と思わず息をつき、トウヤは浴槽に屈みこんだ。
浴槽は花弁よりも白い淡い色をしていて、大きさはちょうどNを長座の体勢で入れるのにぴったりだった。
誰かがそのために作ったんじゃないか、胸の上まで花弁で埋まったNを見つめながらトウヤは思っていた。
穏やかな表情で白の中に溶けこむその姿は、Nがもう還らないことを忘れさせるほどだ。
きっとNにこれ以上ふさわしい棺なんてない。
「なあ、N」
震える手でNの腕を取る。
ぐにゃり、持ち上げた腕は従順に曲がった。
「このまま死後硬直しようか」
そうして花びらの下で直に腐るNを抱き締めた。
花占い
願はくは花の下にて