誰が言ったことだったんでしょうか。『人生は楽しくなければ嘘だ』なんて、それ自体が酷い嘘。本当は、人生は苦痛にまみれているんです。苦痛そのものと、言っていいほどかもしれない。人生の中にある幸福なんて苦痛と比べちゃえばほんの小さな砂の一粒と一緒。
みんなお馬鹿さんだから、それに気付くのが遅いだけ。けれど結局最後にはみんなちゃんとそれに気が付いて、絶望して、膿んだ傷をたくさん作って、失意の中で死んでいく。

私はただ、人より少し早く痛い痛い痛い思いをしたから、それに気付くのが早かっただけ。


きっと、そういうことだ。


そうじゃなかったら、酷すぎる。



「無様なものだな」


男は、笑った。身体を魔力に変換されながら、どろどろに融けていきながら、それでも確かに男はそう言って、笑っていた。


――まだ“残って”いたんですか。


黄金の髪を揺らして男が笑う。
不自然で、不条理で、不幸なことだった。男は桜から見ることができる位置にない。そもそももう男に身体なんてない。

「忠告した時に早々と自殺しておけばよかったものを」

――ああ煩い。こんな状態になってもまだそんな口を利くなんて、とっても、とっても、不愉快です。あの自信に溢れた紅い瞳も、絶対者を体現するような立ち振舞いも、みんな私の癪に障った。だってそれが示すのは全部、この男が選ばれなかったことなんて一度だってないという、憎たらしいばかりに明白な答え。


ハッと声を上げて、男は尚も桜をせせら笑った。桜の内側に囚われながら、失われた肉体で、黄金色の魂で、桜を嘲笑した。


「気分はどうだ小娘?」


一体何なんですか、この男は。食事中なんだから邪魔しないでほしいのに。イライラしちゃう。
この状況で、自分よりも優位に立っているように笑う男の顔を、苛立ちに任せて平手で打ってやりたかった。ずっと前から、最初から、あのすました顔を平手で叩いてやりたかったのだ。

けれど今となっては男の顔は既になく、男に届く腕もない。
それが今の桜にはこの上なく残念だった。

「大人しく黙って死んでください」


仕方がないから、男の“消化”を早めることにする。

男の話はもう聞きたくないしそれに――お腹が空いているのは不幸だし。

「問いに答えるがいい。どのような気分だと問うておるのだ」
「煩いですよ」

ああ不愉快だ。さっさと死んじゃえばいいのに、しつこいったらない。その方が自分のためにも私のためにもいいって、どうしてこの人は分からないんだろうか?
本当に、不愉快にもほどがある。

「答えられぬのか雑種?」
「だから……煩いんですよ。わたし、聞き分けの悪い人、大ッ嫌いなんです」


そう、大嫌い。
聞き分けの悪い頭の悪い人も、
当たり前に選ばれるのを当たり前に感じる人も、
自分には人よりも価値があるなんて思う人も、
いつまでも私を見てくれないあの人も、
惨めに冷たい床を這うしかない私も、
みんな、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌い。



だから、ずっと、世界なんて滅んだらいいと思ってた。




「ならば我が答えてやろう」



笑う、笑う。


補食された男が、補食者の眼で、笑う。




その瞬間、私は男が何を言うつもりか気付いてしまった。



やめろ!金切り声で叫ぶ。
やめろやめろやめろやめろやめてお願いやめていややめてくださいやめろやめろやめろやめてやめろ!!!


私は絶叫した。早くその口を塞がないと!早く、男が口を開く前に!喉を潰せ首を折れ頭を砕け早く殺せ!



けれどその前に、その声は、ああ。




「貴様は今愉しいのだ、化け物」




そう言ってギルガメッシュは、笑った。





かいじゅう




にげなくちゃ、あかいめに、おおきなくち。