「お前さ、イッシュがどういうとこか、ちゃんと分かってんのかよ?」

海面を走る風に乗って潮の匂いがする。こんな海の向こうでも、吹く風は同じらしい。それから海を走る船の揺れる船内も、同室の無口な幼なじみも、やっぱり万国共通だった。
こっちを見ようともしないで、まだ見ぬ土地に思いを馳せているレッドから返ってきた答えは、『いいえ』。

ああやっぱり、どうせそんなことだとは思ってたぜ。

こっちの気も知らないで、常識知らずはそれに何か問題があるの?とでも言いたげな顔をして、ゆったりと揺れる船内でモンスターボールを磨いている。中に入ってるのは、レッドの最初のポケモンで相棒のピカチュウだ。

はぁ、と、わざと大きな溜め息をついてやる。普通、遠い遠い海を離れた場所に行くには、周到、まではいかないにしても、それなりの下準備とかしてから行くもんだろ!

なのに、言葉だとか、気候だとか、土地だとか(グレン島の天災を思い出すとまだ少しナーバスになる)、そういったことのちょっとした前知識も、いつだってレッドは調べない。

要するに強い相手とバトルできればなんでもいいんだ、こいつは。


「『ワールドチャンピオンズトーナメント』かぁ。いったい、どんな奴らが来るんだろうな?」

船室の窓を空けて首を出すと、青い空に見たこともないような珍しいポケモン達が飛んでいた。オレが子供の頃には、ポケモンは151匹しかいないなんて言われてたのに、今じゃどこの子供だってそんなはずないって知っている。
感慨に耽りながら窓から首を引っ込めて振り返ると、レッドは黙々と次のモンスターボールを拭いていた。どうやら愛想のない背中の持ち主は、まだ見ない土地への期待で胸がいっぱいらしかった。

「おい、レッド」

ひょいっと、油断している背中から帽子を取り上げた。そのまま両手で頬を捉えてこっちを向かせて、にぃっと飛びっきりに笑ってみせる。

「ウォーミングアップだ。一戦してこうぜ?」



フッと、滅多に感情を見せない口元が僅かに笑う。答えは『はい』だ。そうと決まれば遠慮はいらない。トレーナー同士、目と目が合ったら、勝負の合図!






ボーッと、汽笛が低い声で鳴いた。









:まだまだたくさん

(必ずどこかに、仲間がいるはず)