地面はまだ?
と、落下することに飽きて、龍之介は呟いた。もう何時間も落ち続けている。いや何日かも、何ヵ月かもしれない。どっちにしろこの状況に飽きたことには変わらなかった。

最初のうちこそ初めて体験するこの状況が楽しくて楽しくて仕方なかったが、そのうち飽きた。今は人を殺したくてたまらない。どこかで自分と同じく落下している誰かがいればいいのだが、生憎龍之介は一人だった。つまり、誰一人殺せそうにない。

つまんねーの。

ゆっくりとした落下の風圧で髪をたなびかせながら、龍之介は退屈を持て余していた。景色を見ようにも周りは暗いばかりで、有り得ないくらい虚無だ。虚無。虚無。虚無。底すら見えない。仕方ないから新しい芸術のアイディアを考えたりしたけれど、実行できなくっちゃ意味がない。ああ退屈だ。まるで――



旦那に会う、前みたいな。



…旦那って誰だ?

はっとして、龍之介は愚鈍な風圧の中で目蓋を開けた。旦那、旦那、旦那。どうしても思い出せない。

え?もしかして俺ボケたの?そりゃあ、いつかはとは思っていたけれど、まさかこの歳でとは思わなかった。

思い出せる限り殺した相手の顔を思い浮かべてみたが、その中に“旦那”はいなかった。そもそも龍之介の好みは女や子供だ。“旦那”なんて相応しくない。

じゃ、殺した相手じゃねーのか。
落下の中でプラプラと足を動かしながら、龍之介は思考を続ける。バイト先の誰かか?それとも、誰か親戚とか。どちらも顔が思い出せるのはごく少数だった。普段の龍之介ならこの辺で思索を打ち切っても良かったのだが、いかんせんやることもないし、殺るものもいない。思考を辿る。記憶を遡り、一つ一つの可能性を潰す。そうして遡り、遡り、遡っているうちに龍之介は気が付いた。


俺、なんでここにいるわけ?




瞬間、波のように記憶が押し寄せた。とてつもなく鮮やかな映像が、龍之介を襲う。記憶が龍之介をさらっては、返していく。

悪魔の召還、旦那の芸術、すっげえcoolな祭り。もたらされる暴力、そして死。それから赤。赤イ赤イ赤ィ赤あ゙かあ゙か赤イ腸腸腸腸腸腸血血血血血血血血!!!!

綺麗だった。ただ綺麗だった。馬鹿みたいに、有り得ないくらい、ひたすらに、言い様がないくらい、これ以上ないってほど綺麗で、綺麗で、綺麗で――



もう一回、見てえな。






永遠の忘却の中で、龍之介は笑った。









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