じりじり、じりじり、太陽が、誰の形も残さないように、念入りに照りつけているみたいに暑かった。暑くて、暑くて、アインツベルンのお城とは比べられない暑くて、歩く度に今着ている黒いお洋服が汗に張り付いて気持ち悪い。いっぱい歩いてきたせいで、イリヤはもうくたくたになのに、前を歩く人達はまだ足を止めない。イリヤの前、私の前の、びっしり並んだ数え切れないたくさんの黒い服の人達は、まるで蟻の大群の行列みたいだった。それで、その中には。私の前には。あっ! 「もうちょっとよ、イリヤ。だからもう少し我慢してね」 イリヤと同じ、長い白い髪の、真っ赤な眼をした女の人。その人はそう言ってふわりと優しくイリヤの手を握った。 ひんやりとした、白くて綺麗な、雪みたいな、手。 「……お母様」 お母様が、アイリスフィール・フォン・アインツベルンが、イリヤの隣にいる。 それだけのことが何だかどうしようもないくらい懐かしくて懐かしくて、声を上げて泣きたくなっちゃうくらい、懐かしい感じがした。けどここがあんまりに暑くてぼんやりするものだから、すぐにそれも全部うやむやになっていってしまう。 さぁ、と、お母様に連れられるまま、イリヤはまた行列に付いていく。 「お母様。イリヤたち、どこにいくの?」 あと、あのたくさんの人達も。 「キリツグの、お葬式よ」 そう答えて進むお母様のお顔は、黒いベールに隠れてよく見えなかった。 足の痛みは、いつの間にかなくなってた。 お棺の中のキリツグはもう半分腐っていた。 行列は、ぞろぞろと、キリツグのお棺をまあるく取り囲んでいく。蟻が、角砂糖に集るみたいに、キリツグのまわりがたくさんの黒でいっぱいになる。お母様はずっと黙っていた。イリヤは胸が重苦しくって痛くって、ただただひたすら暑かった。 「イリヤ、キリツグに、お花をあげて」 気が付いたら真っ白な可愛いお花が、イリヤの手の内にあった。イリヤはもう泣いちゃいそうで、お花なんてあげたくなかった。だってとっくに気が付いてたの。このお花をお棺に入れた後、キリツグは、燃やされるって。 「イリヤ、お花を」 「……やだ」 「……イリヤ」 「やだやだやだやだっ!」 私の声だけが湿った空気に響いていく。周りの人達はこの暑さの中、誰一人汗もかかずに押し黙ってイリヤたちを見ている。こんなにたくさんの人がいるのに、お母様のお洋服の布ずれの音が聞こえるくらい静かだった。 「……イリヤ」 お母様はイリヤが何か我が儘を言ったみたいに、眉尻を下げて困ったような顔をした。またあの懐かしさが込み上げてきて、イリヤは立っていられなくなりそうになる。 だって、だって、イリヤはね、お母様。ずっと、ね。 「イリヤ」 聞こえてきた声は、お母様じゃない人の、けどやっぱり懐かしい声だった。 ――キリツグは、半分で、イリヤに笑いかけて、 「さよなら、イリヤ」 パンッ、と乾いた音が響いて、私のお顔が吹き飛んだ。 お棺を取り囲んでいた人達は一気にざわめいた。さっきまでの静けさが嘘みたいに、列が崩れてばらばらになる。 それから、みんなみんなみんなみんな、キリツグに狙撃されたり刺殺されたり爆破されたり。キリツグはその人達を本当に色んな方法で殺していって、流れた血でその人達の黒い服が更に黒ずんだ。 みんなみんなみんなみんないなくなって、辺りはもう、火の海。 もうすぐ何もかも燃え尽きる。 もうすぐ全てが無に返される。 ――わたしたちはこの光景に見覚えがある。この地獄を見たことがある。 「また拒むのね、キリツグ」 燃えゆきながら、わたしたちはキリツグに詰め寄った。 わたしたちは待っていたのに。 わたしたちは信じていたのに。 わたしたちは愛していたのに。 あなたを、キリツグを、その願いを。 「死んでもイリヤが嫌いなのねキリツグ!」 わたしは泣いた。衛宮切嗣の裏切りに、イリヤスフィールは泣き叫んだ。 酷い!何で、どうして?!イリヤはキリツグが大好きだったのに!イリヤはキリツグが大好きなのに!キリツグはイリヤが嫌いなんて、酷い酷い酷い酷い! 「違うよ、イリヤ。愛してるんだ。誓う」 そう言って私に銃を向けたキリツグも、やっぱり泣いていた。 今日の目覚めもやっぱり寒かった。 まだセラもリズも来ていないのに。こんな早起きするなんて久しぶり。 うーっと伸びをして、天蓋付きのベッドの上から降りる。裸の足に剥き出しの床が冷たかった。 窓のカーテンを開けて外を見れば、今日もまた、雪。退屈なくらい真っ白。 「……あれ?」 空を見上げた頬に冷たい涙が伝う。なんだろう、今日は、 悲しい夢をみた気がする。 :Please accept my condolence, I swear. (お悔やみ申し上げます。誓うわ) 120702 |