例えば、その日もまた、衛宮切嗣は真夜中に叫び起きる。

 その時、もし仮に切嗣の側にいたのが衛宮士郎だとしたならば、衛宮士郎は衛宮切嗣の様子に驚き、『どうしたんだよ爺さん』なんて慌てて、乱れた布団の波の中、項垂れる切嗣の身を案じる言葉をいくつか、心配気に投げ掛けるだろう。


 するとしばらくして乱れた呼吸が収まる頃に、衛宮切嗣は衛宮士郎に『何でもない』と笑ってみせる。常に見せる笑顔と変わらないような顔で、『ただ、怖い夢をみただけさ』と。



 私はそんな風に貴方に笑って欲しいわけではないのだ。








 暗闇の中、切嗣と私の他誰の存在もない衛宮邸はひたすらに静かだった。遠くに聞こえる虫の声さえも、どこか別の時空の音のようだ。今、この瞬間、何の変徹もないこの小さな和室は確かにどこからも断絶した小さな一つの世界だった。



「殺した人たちの、夢をみるんだ」

 その声が震えているように、切嗣の身体もやはり震えていた。震える身体は驚くほど冷えきっていて、死体を抱いているのではないかと錯覚しそうになる。それが死体であり得ないと感じられるのは、一重にその頬を伝う涙故だった。

「彼らはね、死んだ身体で、僕を、赦さないと、アイリが、泥が、アンリマユが、」

「そんなものはただの夢だよ」

「……赦さない、と」

「ただの悪い夢だよ切嗣」


 罪の意識に苛まれ、怯え涙する男は、「正義の味方」であるにはあまりにも非力だった。

 切嗣は、弱い人だ。

 そんなさえも、かつて衛宮士郎であった時には気付けずにいた。

 切嗣は、どこまでも折れないようでいて、その実どこまでも脆くある。そんな切嗣の脆さはこの上なく恐ろしかった。脆くあるのに脆くあろうとしない切嗣が、ひどく痛々しくて、愛しくて、悲しかった。


「だからどうか泣かないでくれ」



 『君こそ泣いているじゃないか』なんて声は都合よく聞こえないことにして、抱き締めた身体の鼓動を盾に、小さな世界に立て籠る。



――ああ、どうかこのまま、消えてなんかいかないでくれ。


 ああ、だってまだ、







 この人を、抱き締め足りていないのだ。











:PeterPan