せっかくあたしとアタシがその首を取ってあげて、耳の後ろをかいたり曲がったつむじを直してあげたっていうのに、その人はお礼もさよならも言わないでどこかに消えてった。

あんまりにもきれいに、最初からいなかったみたいに、すっかり消えちゃったものだから、怒っちゃおうかと思った気持ちも、やっぱりどこかに消えてった。
それにこの人は偽物だったから、お行儀の良くなさも許してあげなることにする。
だって、仕方がないものね。この人は流れる血も本物じゃない、あのまっ白な部屋に置いてきた冷たい肌のお人形とおんなじなんだから。

「ねえ、ワタシ。あの人、一体何が気に入らなかったっていうのかしら?」

あの人が消えていくのを、ワタシはとっても変な目をして見ていた。
それがあんまりに不思議な顔をしてるものだから、わたしはちょっとだけびっくりした。ワタシってば、あの人のこと、そんなに気に入っていたのかしら?

「…どうしちゃったの、ワタシ?」

ワタシはゆっくり振り向いて、ちっちゃい声で何かを答えた。だけどわたしはそれを聞き逃してしまって、何て言ったの?って聞いた。けど、ワタシは、何でもないわ、って首を振るだけだった。



もしかして、また『せいはいせんそう』のお話なのかしら。

アリスはわたしが誰かと遊んでると、時々そのお話をしようとする。

だけどあのお話は難しいし、うさぎもねずみも出てこないから、わたしはあんまり好きじゃない。
それにそれは、『わたしがワタシとずっといられない』なんて、ひどいことを言ってくる。だから、わたしはそれ以上ワタシにしつこく尋ねないことにした。


「ええと、そうね、ありす。……きっと、あの人は足も取って欲しかったんだと思うわ」
「足なんてあったところで、靴を無くすだけだものね、アリス」
「ええ、そうよ。あの可哀想なベティー・ブルーも、そんなことはちゃあんと知っていたものね」

ほら、こういう話の方が面白いんだもの。

わたしが笑うとわたしに合わせてワタシも笑う。
ワタシと二人で笑うのはとっても楽しい。

「靴を無くして泣いた後、ベティーはパパとママに会えたのかしら?」

わたしが聞くとアリスは笑うのを止めて、さっきの人を見つめていた時より、もっと変な顔でわたしを見た。

「ワンダーランドにパパもママもないわ。わたしはワタシがいれば、平気なのよ、ありす」









次の人も、わたしたちとわたしたちの友達との遊びの途中で、すぐにどこかに消えてった。

「また、偽物だったわね」
「忍耐しなさい、ありす。本物の海ガメにはそう会えないのよ」

ワタシはそう言ったけれど、わたしはそんなのつまらなかった。お人形遊びはもううんざり。せっかく部屋から出れたんだから、お友達と遊びたいのに。

「…このまま、本物に会えなかったらどうしよう?」
「平気よ、わたしたち、日曜日の子供だもの」
「あら、あんたなんて水曜日がいいとこだわ」
「ひどい」

こうなったらどうしようかしら?
お椀の船の話は出来ないし、ロビンのための小鳥の裁判なんて行きたくもないし。(裁判なんて、うんざりよ!)


「ねえ、アリス。これからどうしようかしら?」
「そうねありす。ワタシ思うの。きっとお兄ちゃんなら、ありすたちと遊んでくれるって」
「それまで、どうするの?」
「クスクス笑いをしましょうよ」


そう言ってアリスが笑うものだから、わたしも笑うことにした。



嘘でも、紛い物でもいいの。大好きよ、ワタシ。わたしとワタシ、一人ぼっちだから、もう寂しくなんかないわね!







幸いの国へ






Here am I, little jumping Joan,
(あたしはここよ、跳ね上がったちっちゃなジョーン)
When nobady's with me,
(だぁれもそばに、いない時)
I'm always alone.
(あたしはいっつも一人きり)