六回戦の相手は、もう、分かっていた。
そうでなければいいと、調べれば調べるほど、あらゆる痕跡が彼女を示す。

どんなに嫌でも、どんなに理解したくなくても、



六回戦の相手は、ラニだった。





「ラニを、殺したくない」
「…そうか」

アーチャーの声からは一切の感情も読み取れなかった。
怒っているのか、はたまた呆れているのか。どちらでもおかしくはない。五人のマスターを殺し潰しておきながら、ここにきていきなり“戦いたくない”なんて。お門違いもいいところだ。凛が聞いたら、『心の贅肉だ』なんて叱られてしまうだろう。
先の五回戦、ユリウスという強力な相手を生きて突破出来たのは、凛に拠る所が大きい。あの五回戦では、アーチャーも、私のために彼の全力を、宝具を開示してくれた。

しかし、その過程で私は知ってしまった。

私は人間じゃない。
膨大な演算の中の、些細なバグだ。
身体も記憶も最初から持っていない。
聖杯戦争を勝ち抜いても、帰る場所なんて、ない。



――けれど、



「死にたくない」

ポツリと、喉から漏らした声はみっともないほど震えていた。

「私、死にたくない。死にたくないよ…ッ」

嗚咽が収まらない。

ラニも、私と同じなのだ。自分の中身を探してるだけ。いや、実際に容れ物がある分、彼女の方が望みがあるのか。


その彼女を、かけがえのない友人を、自分が生き残るために殺そうとしている。


震える手でアーチャーの赤い外套を掴んで、指が白くなるぐらい握り締める。

アーチャーは黙っていた。ずるいサーヴァントだ。いっそ叱り飛ばしてくれれば、私はこのまま決闘場まで立っていられるっていうのに、不恰好にすがり付く私を、彼は振り払えないでいるのだ。

泣きじゃくる私を置いて、白い鯨が電子の海を泳いでいく。あれが礼装の対象となるエネミーだろうか?だとしたらあの鯨を私達は殺すんだろう。勝利のために、敗北しないために。生きるために、死なないために。
生物的な意味で、私は生きていないっていうのに。

「……アーチャー、」

分からなかった。分からなかったけれど、生きていたかった。もう少しだけ、こんな風に、みっともなくアーチャーにすがり付いて泣いていたかった。

そっと、すがり付いた私をそのままにアーチャーが屈む。その顔を見る勇気がなくて、外套に押し当てた顔を離せない。

「…君が命じなくても、決闘の時が来れば私は相手のマスターを殺すだろう」

アーチャーの声は、相変わらず激しい感情を滲ませない調子だった。その落ち着いた声が安定剤になって、溢れる涙が少しだけ止む。

「救いに、犠牲は付き物だ」
「…うん」
「そんなものは私のような汚れ役の仕事だ」
「……」
「…友人を殺すのは君じゃない」

傷だらけの、温かい指が、私の髪を撫でる。


あんまりに不器用な慰めだったけど、これがアーチャーが真剣に私を慰めようとしてくれている結果だということぐらいは分かっていた。

外套から顔を離して見上げると、安心させようと笑うつもりだったのか、アーチャーの口角は上げそこなって歪んでいる。普段のニヒルな笑い方が染み付いてしまっているせいで、きちんと笑えないみたいだ。



アーチャー、笑うの下手だね。



あんまりに、あんまりに下手にアーチャーが笑うせいで、つられて私もぎこちなく笑った。







出来損ないのピノッキオ




(女神様、どうか人間にしてくださいったら)




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